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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(21)〜(28)

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お正月は、うちでご馳走を食べ、そして酒を飲み、おかねさんは唄を唄って三味を弾いた。そんなことは初めてだったけど、彼女が俺の前でくつろいで過ごしているんだなとわかり、“正月はいいなあ”と思った。俺はお酒は少ししか飲めないけど、おかねさんは酒屋で買ってきておいた一升瓶二本を、三が日が終わる前に空にしてしまった。

おかねさんが弾き語ってみせたのは、いつもお稽古の時に聴いている常磐津ではなくて、栄さんがたまに俺に聴かせる「都都逸(どどいつ)」などのようだった。

その中で一つだけ、“これはおかねさんの元の恋人との話では”と思う唄があった。それは、三が日最後の日の晩に唄ったものだった。


お前見たさに
遠眼鏡掛け
会えたと思えば
案山子の手


それは、「洒落がきいてるね」と言いたくなるような、陽気な文句ではなかった。それに、おかねさんもそれを唄った切り、「もうごはんの時間だよ」と三味線を置いて、へっついの火を見に行ってしまったのだ。

多分あれが、恋人と会えなかった頃のおかねさんの唄なのだろう。俺は、“今でも彼女は恋人が恋しいのだ”ということが気に掛かり、その日の午後、散歩に出掛けた。





歩いて体を動かしていれば、気持ちもどこかへ逃げていくだろうと思っていた。でも、一人きりで黙って歩いていたって、どこかへ迷い込んで行くだけなのだ。

俺は“帰ろうか”とも思ったけど、帰っておかねさんの顔を見ながら、それでも想いを伝えずにいられる自信がなくて、なかなか帰れなかった。



「少し散歩に出ます」と行った切り俺は暮れ六つまで戻らず、日の暮れ方にやっと長屋の木戸まで来た。

すると、木戸をくぐる前からおかねさんが家の前をうろうろしている姿が見えた。それはとても不安そうな様子だったので、悪いとは思いながら、彼女に心配をしてもらえたことが、俺は嬉しかった。

うつむいたままでおかねさんは表店近くの井戸まで歩き、今度は奥側へと引き返していく。俺はそんなおかねさんに追いつくと、後ろから声を掛けた。

「すみません、ただいま…」

“帰りました”と続けようとして、俺は何も言えなくなってしまった。振り向いたおかねさんは始め驚いたようだったけど、次の瞬間には、まるで俺に恋しているような顔をしたのだ。

彼女の目は大きく見開かれて涙が潤み、あまりの喜びに切なさまで感じているように眉はきゅっと寄っていて、彼女は俺を見て、ため息を漏らすように一瞬笑った。でもそれは、すぐに脇へよけられてしまう。

おかねさんは、その一瞬あとになぜかちょっと悲しそうな顔をしてから、ぷいと横を向く。そして俺に向き直ると、今度は怒った。

「こんな時間まで、どこほっつき歩いてたんだい!お前さんがいなきゃ誰が洗濯をするんだい!誰が飯の支度をするのさ!早く仕事に掛かりな!」

「すみません!ごめんなさい!」


俺はその時、一瞬だけとはいえ、なぜおかねさんが俺を見てあんなに喜んだのかがわかってしまったような気がした。だから、その話をいつ彼女に切り出そうか、または黙っているべきなのか考えながら、洗濯ものを盥の中で洗い、朝に炊いたお米をおはちから盛りつけた。