元禄浪漫紀行(21)〜(28)
第二十一話 面影
新年が明けて、みんな浮かれ騒いでいる。俺とおかねさんの初詣は、神田明神になった。
元旦早くの参道は物凄い人出で、大賑わいだった。「芋を洗う」とはまさにあのことで、はばかりへ行きたかろうが、もう帰りたがろうが、真ん中に近いところに居た俺たちが出ていくなんて、絶対に無理だっただろう。
押されて揉まれてようやくたどり着いた本堂で、俺たちは賽銭を箱の中へ落としてちょっと手を合わせた。そしてまた帰りの参道で人込みに潰されそうになって、まだ昼にもならないというのに、もうへとへとだった。
「明神さまは毎年大流行りだねえ。とは言っても、元旦じゃどこも似たようなものだけどさ」
「そうですね」
俺はその日、初めてこう願った。
“ずっとここに居させてください”
それはもちろん、美しいあなたのそばに居たいから。あなただって、下男としてなら俺を有難がってくれる。それなら、ずっとこのままがいい。
ふと、“神様を伝ってなら、届くかもしれない”と俺は思った。だから俺は、敷居をまたぐ時を選び心の中で「元気で」と唱えて、初めて家族に別れを告げた。
作品名:元禄浪漫紀行(21)〜(28) 作家名:桐生甘太郎