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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(21)〜(28)

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第二十七話 傷痕






おかねさんの顔には、幸いにも痘痕の痕は残らなかった。でも、耳の後ろと、それから額の横のこめかみに、少しだけ残ってしまった。

「命をもうけたんだ。仕方ないさね」

そう言って淋しそうに笑う彼女に、俺は何も言えなかった。







それから、元通りの毎日が少しだけ帰ってきた。でもそれもすぐに消えてしまったのだ。

おかねさんは病が治ってから数日は、のびのびと色々な物を食べたし、お稽古も元のようにしていた。

でも、その後彼女は、だんだんと塞いでいるように見えることが増えて、黙って煙草を吸っていることが多かった。

俺は、“まだ具合が良くない日もあるのかもしれない”と思って、「どうしました」と声を掛けたこともあった。でもおかねさんは「なんでもないよ。煙草を吸ってるのさ」と言うばかりだったし、俺は日々の家事や買い物で忙しくて、あまりそばについていてあげられない時もあった。





そんな日々のある朝、おかねさんは起き上がって井戸端で洗面と歯磨きを済ませてくると、唐突にこう言った。

「今から出てくるよ。帰りは夕になるから、あとを頼んだよ」

「え、急じゃありませんか。確かに今日はお休みですが…朝ごはんも食べずに…。どちらへお出かけですか?」

俺が火を起こしたへっついのそばからは離れられずにそう聞くと、おかねさんは財布だけを懐にしまい、化粧もせずにそのまま戸口へ向かう。

「お前さんに話すことじゃないよ。必ず帰ってくるから、「よしかわ」の豆腐を買って待っておいで」

「よしかわ」は、おかねさんが気に入って二町先まで買いに行っている豆腐屋だ。俺は出かける事情がわからなくて不安だったけど、おかねさんがそうまで言うなら、本当に大したことじゃないのかもしれないと思った。

「ええ、わかりました。では、お気をつけて行ってください」

俺がうつむけていた顔を上げながらそう言った時、彼女はもう玄関口から居なくなっていた。