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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(21)〜(28)

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その日の昼に彼女は起き上がって自分ではばかりへ行き、帰ってくると布団に包まって、夜更けまで眠り込んでいた。

これでおかねさんは病を抜けたかもしれないと思った俺は、朝ではなかったけどお米を四合ほど炊いて、彼女の好きな葱を添えた冷奴と、あとは日本橋の漬物屋で、たくあんを買ってきた。


そして俺が戻るとおかねさんは床の上で起き上がっていて、なんと彼女は煙管をくわえてくつろいでいたのだ。

「おかねさん!いけませんよ!」

俺は思わず戸口でそう叫び、草履を脱ぎ捨て慌てて中へ入る。

「何がいけないのさ」

彼女はけろりとしてそう言ったけど、俺は膝立ちで彼女に近寄り、彼女の手から煙管をそっと取り上げた。

「今はがまんしてください。毒ですから」

おかねさんが怒りやしないか心配だったけど、彼女は「そうかねえ」なんて言って俺を見て、にんまりと笑った。

「しょうがない人だねえ。じゃあお前さんもがまんしとくれ」

「わかっています。それから、お食事の支度がもうできますが、食べられそうですか?」

そんな会話をしている間、彼女はずっと、噴き出しそうなのを堪えているような顔をしていた。

「もちろんさ。時分どきだからね」




俺は自分のいつもの場所である土間近くに膳を並べようとしたけど、おかねさんは「前にお置きな。そこだと話も遠いじゃないの」と言った。



俺は初めて彼女と膳を突き合わせて、目の前で食事をしている。彼女は好物を喜んで、旺盛な食欲も出たと見えて食事を楽しんでいた。

でも、その途中に彼女は箸を置く。俺が「もういいのですか」と聞く前に、彼女の方が口を開いた。

「お前さんは、命の恩人だよ…」

その先を彼女は続けたそうに唇を薄く開けて、前のめりに首を振るような仕草をしたけど、ためらったままだった。

よくなったばかりの彼女を悩ませたくなどなかったし、俺も傷つきたくなかったのかもしれない。

「わかっています」

おかねさんは俺の顔を見ようとしたけど、俺は目を上げなかった。



俺は何をわかっていたと言うのだろう。彼女がその時考えていることなど、何一つ知らなかったのに。