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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(21)〜(28)

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「おかねさん、おかゆと、葱を刻んで、それからお豆腐を崩してみましたから。おかねさんの好きな、かつおぶしのたっぷりかかったものですよ」

おかねさんはある晩も、俺の持ってきた膳をちろりと見ただけで、ぷいと横を向いた。

「少しでも、食べて元気をつけてください」

すると彼女は布団を頭からかぶり、こう言った。

「お前さんのその文句には飽きたよ。馬鹿の一つおぼえみたいに「元気」、「元気」ってさ。そんなものいらないよ」

俺はそれを聞き、“だったらもう、こう言おう”と思った。

なるべく優しい口調になるように俺は喉の調子を整えて、少しだけおかねさんの枕元にすり寄る。

「師匠を飢えさせたり、死なせたりしては、主人思いどころの話ではありませんから」

俺がそう言えば、もしかしたらおかねさんは、「春風師匠」として、「下男」が出した物を食べてくれるんじゃないか。そんな望みを託して、俺はそう言ったのだ。

思った通り、おかねさんは大儀そうにこちらを振り向くと、少しだけ膳の中身に興味があるような顔をして中を覗いてから、起き上がってくれた。すかさず俺は、彼女のすぐそばに膳を持っていく。

「起き上がれましたね。さあ、少しでいいので、食べてください」

「お前さんもしつこいね…」

そう言った時のおかねさんは少し残念そうな、あきれたような顔をしていたけど、三口ほどおかゆを食べ、刻み葱を掛けた豆腐も、好物だったからか、半分食べてくれた。俺はその残りを食べながら、久しぶりによく眠り込んでいる彼女を見ていた。






それから彼女は、「申し訳に仕方なく食べるのだ」という顔をしながらでも、食事をしてくれるようになった。

俺は、おかねさんがいつの間にかまた貯めていたへそくりで、お米やおかず、氷砂糖なども買いに行った。彼女は氷砂糖まではいらないと言ったけど、日持ちするものだし、何より素早いエネルギー補給になる。かなり高価ではあったけど、命には代えられないだろう。




一度おかねさんの熱は下がったけど、またある晩、それは酷い高熱になった。

俺は「天然痘」という病気をよく知っているわけではなかったし、本当にそれだったのかもわからない。でも、俺が一度インターネットで調べた時には、確かウェブの記事で、「再度高熱になり、下がれば治るが、そのまま脳炎などを合併する危険も高い」と読んだ。

だからとにかく、俺はその晩眠ることなどできるはずもなく、自分まで逃げ場のない場所でずっといたぶられ続けているような思いで、苦しみ続けるおかねさんの看病をした。

おかねさんは熱でもうろうとしながら、ずっと誰かを呼んでいた。

「善(ぜん)さん…善さん…」

それは恋人の名前だったんだろう。俺は、それを聴いていると胸が痛くてたまらなかった。

「おかねさん、しっかりしてください、おかねさん…」

俺は彼女の呼ぶ人ではない。でも、それでも誰かが呼ばなかったら、彼女はそのまま逝ってしまうのではないかと思って、怖くて堪らなかった。


俺は一晩中彼女を呼び、汗を拭き、苦しみながら時折涙を流す彼女に、水を飲ませた。






夜明けには、家は静かになった。そしてその代わりに近所から、雨戸を開ける音や、挨拶を交わす声、商売に出て行くために家族に声を掛けている、人々の生活が聴こえてきた。

気が付くとおかねさんの呼吸はなだらかになっていたので、俺はようやく胸をなでおろし、自分も水を飲んでごはんを食べた。