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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(21)〜(28)

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第二十六話 命






俺はおかねさんが咳をしているのを見て慌てて起き上がり、とにかく水を汲みに井戸へと駆けて行った。

そして彼女に水を飲ませてから、「何か欲しいものはないですか」と聞く。すると彼女はこう言った。

「いいよ、なんにもしなくて」

「なんにもって…」

俺はその時、頭を過った想念をかき消した。でも、彼女は水の残った湯飲みを押し返して、苦しそうに寝返りを打ち、こう言った。

「これできっと…さ…」

そう言っておかねさんは無理に笑い、また咳をし始めた。






高熱と、そして発疹。皮膚に後遺症として残る痘痕。これらは、俺が居た現代ではもう根絶された、「天然痘」によるものだ。多分俺たちが罹ったのは、それだったんだろうと思う。

俺はもちろんワクチン接種など受けていないし、この江戸時代にワクチンなんてものがあるはずもなく、ウイルスに対抗するための抗生物質もない。

“どうしよう。おかねさんが死んじゃったら。俺が持ち込んだせいだ”

俺はそう思って昼夜悩みながら、必死に彼女に頼んでなんとか食事を食べさせ、水を飲ませた。

“まともな免疫力があれば、おそらく致死率はぐんと下がる。彼女を死なせはしない!”

そう思うのに、おかねさんはやっぱり食事をしようとはしてくれなかった。ある時彼女は、俺が食べやすいだろうと思って用意したおかゆの椀を手で突っ返し、こう叫んだ。

「いいんだよ!あたしゃもう死ぬんだから、ほっといとくれ!」

彼女の涙声は、喉の炎症によってしゃがれてしまっていた。

彼女はこう言いたかったのだ。

“これでついに恋人に会えるんだから、邪魔をしないでほしい”

それはなんと悲しい希望だろう。

俺は床にこぼれたおかゆが冷めてしまうまで、こちらに背を向けて咳をする彼女を見ていることもできず、ただ涙を流した。そして泣き終わった俺は、彼女の背中を睨む。

“もういい。たとえ憎まれてでも、食べさせて、生き残らせてやる!”

そう思ったことで、俺はもう一度泣いていた。それは悲しみに打たれる中で、それを突き抜けようとする、ある種怒りにも似た、希望への執念だった。