元禄浪漫紀行(21)〜(28)
目が覚めた時、俺は布団の上に横になり、薄い上掛けまで掛けてもらっていた。
“死んだにしちゃおかしいな”
そう思って起き上がろうとすると、誰かが俺の肩を布団に押し付けて止めた。
「目が覚めたんだね。でもまだ動いちゃならないよ。もう少しでお医者が来るから」
その声で俺はびっくりして、半開きほどに寝ぼけていた目を見開き、目の前に居た“彼女”の顔を、かすむ目でなんとか見ようとした。
声ですぐにわかったけど、それはやっぱりおかねさんだった。
“嘘だろ。こんなことってあるのか…?”
俺はすぐに両目に涙があふれ、嬉しさで一気に有頂天になりそうだった。
「おかねさん…?なぜ…」
そう聞くと、おかねさんは悲しそうに横を向き、浴衣の袖で目を押さえて、しばらく何も言わなかった。でも彼女はしばらくして気持ちの昂ぶりがおさまったらしく、涙の染みた袖口を隠して、俺に笑う。
「おかねさん、私を探して下さったんですか?それに、お医者様を呼んだなんて、それは申し訳が…」
俺がもう一度起き上がろうとすると、おかねさんは今度もやんわりと俺を引き止め、床の上に戻してくれた。
「起き上がっちゃならないっていうのに。お前さん、病の中なんだから、じっと寝てなくちゃならないよ。ああ、本当に見つかってよかった…」
それで俺は、“おかねさんは俺を追い出しはしたものの、やっぱり心配になって、探してくれていたんだ”と知って、また泣きそうになった。
“これは夢じゃないんだろうか。俺に都合がいい白日夢じゃないんだろうか?”
「お前さんを追い出したなんて、今になってみればあたしはどうかしていたんだよ。許しとくれ、堪忍しておくれ…お医者が来るまでの辛抱だよ。まあお前さん、あたしのせいでこんなになっちまって…!」
おかねさんは袂でまた涙を拭い、「手拭いを替えるからね、ちょっと我慢しておくれな」と言って、俺の額の上ですでにぬるくなっていた水布巾を取り換え、「何か欲しいものはあるかい?」と優しく聞いてくれた。
俺は勇気を出してどうにか心を打ち破り、こう言った。
「なんにもいりません。私はここに戻ることができるなら、他にいるものなんかないんです」
「もちろん、帰っておいでな。あたしはあの時正気じゃなかったんだよ。お前さんを追い出すなんてさ…ごめんよ、許しておくれね」
おかねさんは泣きながら笑って、そう言ってくれた。
それから夕刻になって一人、お爺さんのお医者さんが来たけど、お医者さんは、「流行り病だから、本人の体に任せることしかできないだろう。よく食べさせてやりなさい」と言うだけで帰って行ってしまった。
俺は全部で四人の医者に診てもらったけど、結局どれも同じ、「流行り病は本人が耐えて過ぎるのを待つしかない」と、皆同じ答えを返すばかりだった。
医者がみんな帰って行ってから、おかねさんは悔しそうに泣いて、俺の額をさすった。
「医者なんてみんな不人情なもんだねえ。「流行り病だから仕方ない」なんて言ってさ…。安心しなよ、よくなるまでは、あたしが面倒をすっかり見るから…」
「ありがとうございます、すみません」
「いいんだよ謝らなくて。それをするのはあたしの方さね…」
それから数日して俺は熱が下がり、でも右目の上に大きな痘痕(あばた)が残ったようだった。それがどんな病気かは知らなかったけど、どこかで聞いた症状だなとは思っていた。
でも、俺がなっただけなら、よかった。おかねさんにうつしたりしたら大変だ。
それなのに、俺はある朝、何か大きな物音で目が覚めた。しばらくそれと気づかなかったけど、だんだんと意識がはっきりしてくると、それは誰かが咳をしている声だったとわかった。
ゴホッ、ゲホッ、ゲホッ!
俺がびっくりして隣を見ると、横になっているおかねさんの顔も首も赤い発疹で覆われ、彼女は激しい咳で息も継げずにいた。
「おかねさん!」
作品名:元禄浪漫紀行(21)〜(28) 作家名:桐生甘太郎