元禄浪漫紀行(21)〜(28)
真夏のある夜、俺はかっぱらってきたむしろの上に横になり、橋の下で唸っていた。その頃の俺は品川に生活する場所を移していて、知っている人など誰も居なかった。
知り合いも居ないのは心細かったけど、それ以上に、原因不明の病が俺を追い詰めていた。
息が苦しい。咳が出る。高熱も出ていた。それに、全身に蕁麻疹のようなものができていて、かゆくてしかたない。
結局俺は眠られないままで夜を明かし、朝になっても唸り続けていた。
朝の日差しが橋桁の下に居る俺の横っ面を照らして、眩しくて仕方なかったけど、もう首をひねる余裕もなかった。俺が吐く息はどんどん熱くなっていく。
“これはもういけないだろうな。俺もここまでか”
自分が死のうとしているのだと感じ始めた頃、俺の目にはひとりでに涙があふれた。
“もう一度彼女に会いたい。一目でいい。そして、死んでいく俺を彼女に見守っていてもらいたい”
そう思っていると、川辺の葦を踏んで誰かがこちらに近づいてくる足音がした。でも、俺はもう目を開けられなかった。
咳は出るのに、ぐったりと力が抜けて重たくなった俺の体は、自分で火傷をしそうなくらいに熱くて、俺は夢の中に居るように、目の前に彼女の顔を見ていた。
夢の彼女は、俺のことを覗き込んで心配をしているように悲しそうな顔をして、俺は“もう一度、おかねさんの笑い顔が見たかったな”と思っていた。
その夢で彼女は俺をゆすぶってから何かを叫び、俺は誰かに優しく抱きかかえられるような心地がした。
“ああ、仏様が迎えに来たのかな。天国と地獄なら、どっちがいいんだろう”
俺はそんなことを考えながら、自分を手放した。
作品名:元禄浪漫紀行(21)〜(28) 作家名:桐生甘太郎