元禄浪漫紀行(21)〜(28)
第二十五話 病
おかねさんの家を出てから、俺の乞食人生が始まった。
俺は初めの晩は神田明神に勝手に宿を取らせてもらったけど、やっぱり神田には居づらかったので、浅草に居を移した。
とは言っても、やっぱり神社の境内や橋の下で寝起きをし、やっと見つけたお茶碗を一つ持って、家々を回り、食べられるものや、お金を少しずつもらったりしていた。
勤め先を紹介してくれるという「口入屋(くちいれや)」にも行ってみたけど、「素性の知れない者を人に勧めることはできないんでねえ、悪いが帰ってくれ」と、冷たくあしらわれてしまった。
おなか、すいたな。昨日はどこに行っても何ももらえなかったから、おからにもありついてない。
お米なんか食べられなくてもいい。おからでも、粟でもいい。とにかく何かが食べたい。
おなかがすいた…。
俺はそんなことを考えながら、その日も浅草寺の裏手にごろりと横になって、もうだいぶ暑くなってきた町の隅っこで眠った。
江戸の町が真夏になる頃、俺は少し風邪を引いたようだった。
それはそうかもしれない。ろくに食べずに毎日何十軒もの家を歩き回って、一日中暑さに体を晒しているのだから。
でも、そんなことには構っていられず、俺はその日も食べるものを得るために、人々の軒先を目指した。
「何もないよ」
「そう言わず、大根ひとかけでもよろしいのです…」
この上なくみじめな気分だった。物乞いとはこんなに辛いのか。
「そんなところに立ってたら邪魔ですよ。早くどっかへ行っとくれ!」
俺が訪ねた家のおかみさんは、そう言って戸を閉めた。
わかっている。江戸時代のほとんどの人々には、施しをしてやる余裕などない。
足が重い。体の具合が悪い。ひどく疲れた。もうずいぶんお風呂に入っていないし、自分の体が臭うのもはっきりわかった。
“ああ、情けないな。でも俺が未来から来た以上、どこかに奉公するわけにもいかないし、俺はこの時代の仕事のやり方なんか一つもわからない。写し物の仕事だって、おかねさんがもらってきてくれたもので、俺一人じゃどこからも仕事なんかもらえない…”
でも、俺にもう少し勇気があれば、そこらで働いている人にやり方を聞いて仕事をし、それを勝手に売り歩くかなんかして、自分で働いて得たお金で生活することもできただろう。もちろん、そうした方がよかったに違いない。
でも俺には、その勇気を出すための希望がなかった。自分が未来から来たからではない。
おかねさんに、とうとう受け入れてはもらえなかった。
彼女と別れてひと月ほど経った今でも、いいや、今の方がむしろ俺は気持ちが落ち込んで、とてもじゃないけど、前に進むために仕事をするなんてできなかった。
“このまま俺は、一人で死ぬかもしれない。もしまた行き倒れて、今度は死んでいる俺を見つけたら、彼女は少しでも悲しんでくれるだろうか…”
俺は、“生きていきたい”なんてもう思っていなかったのかもしれない。
作品名:元禄浪漫紀行(21)〜(28) 作家名:桐生甘太郎