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短編集91(過去作品)

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 だが、よほど佐川は素直にしか考えられないようだ。融通を利かせた考え方ができないというべきか、彼女もやはり女性、男性の中にいれば、自然に誰かと恋愛関係になっても何ら不思議はない。
 サークルの部長をしている男といつの間にか恋人同士になっていたようだ。
「くそっ、やられたな。だが、やつなら仕方がないか」
 というサークル仲間の話が聞こえてきた。確かに部長は男の佐川から見ても頼りがいがあって女性にもてるタイプに見える。相手が彼であれば、諦めがつくというものだろう。しかし相手が誰かということよりも、その時の佐川は、
――どうして気付かなかったんだ――
 という考えの方が強い。
 自分がもてないのは積極性がないからだということに気付いたのはその時だった。
 積極性がないというよりも、自分に自信がない。鏡で自分の顔を見てみても、
――なんて情けない顔をしているんだ。これじゃあ、女性にもてるわけはないわな――
 と思ってしまう。
 鏡を見て最初に感じるのは、
「老けて見えるな」
 と、声に出して言ってしまい、一緒に溜息が出る。
 一番嫌いだったのは、顎が張っているところだった。老けて見える一番の原因かも知れない。次に嫌なのは、瞼が一重でないところだ。
「一重瞼の人に言うと怒られるぞ」
 友達に言われたことがある。確かに一重瞼を気にしている人はたくさんいるだろう。しかし、二重瞼ならまだいいが、何重にも重なった瞼だと却って気持ち悪い。まるで女性のような雰囲気に鏡を見るたび平衡してしまう佐川だった。
「お前は三十歳過ぎてからもてる顔だよ」
 と言われたことがあった。そのセリフを相手がどのような意味で言ったのか分からなかったが、
――それまではもてないんだ――
 と、逆の発想をしてしまったのが、佐川の性格を表している。
 ネガティブな発想が、それまでの自分の性格を形成しているのだ。そのことに気付いたのは大学に入ってから、女性として見ないようにしていたのが災いして、部長に彼女を取られてしまったと感じた時だった。
 最初から彼女は佐川のタイプだった。それをなるべく見ないようにして自分を押し殺してきた部分がある。そこが佐川には悔しいのだ。結果として現われたことだけが悔しいのではなく、自分が積極的になれなかったことの方が悔しい。もし、その後誰か好きになる人が現われても積極的になれないのではないかという懸念が頭の中をよぎるからである。
 自分が冴えない男性だったということを思い知らされたのは、やはり就職してからかも知れない。就職活動中に聞かされた話で、目からウロコが落ちたのは間違いのないことだが、実際に、そのことを痛感したのは、会社に入ってからだった。
 一人の女性がそのことを気付かせてくれたのだった。
 あまり成績もよくなく、サークル活動でもこれといって成果を上げたわけでもない平凡な大学生で、しかもあまり自分に自信が持てない佐川が就職できたことは、ある意味自分に自信を持てるだけの価値があった。
 半ば諦めかけていた就職活動だったが、根気よく続けているといいこともあるようで、全国展開している会社に入社できたのだ。
 転勤があるということも別に気になることでもない。この土地に離れたくない彼女がいないのも不幸中の幸いとでもいうべきだろう。
 会社に入るとまずは研修期間中ということで、地元からの出勤だった。最初の二週間ほどは研修センターのようなところで社会人としての第一歩の研修を受け、戻ってきて現場での研修がスタートすることとなった。
 現場での研修は思っていたよりも肉体労働もあったりと、いろいろ気分転換できるところもあって嬉しかった。倉庫の仕事から入って、内販の仕事や業務の流れを覚えていくことは、大切なことに違いない。
 特に倉庫の仕事をしている時期は、夏にかけての暑い時期だった。じっとしていても暑さを感じるが、身体を動かして想像以上に吹き出す汗を通り抜ける風が癒してくれる。それが気持ちよく、仕事が終わった後のビールが最高だった。
 ちょうど倉庫の主任がいい人で、時々呑みにつれていってくれていた。年齢はまだ三十歳前半くらいだろうか。まだ結婚はしていなかった。主任というよりも、
――優しい先輩――
 として見ている方が強かったに違いない。一緒に呑んでいても、
「佐川君は、そのうちすぐに、僕を呼び捨てにするような立場になるんだろうな」
 と言って笑っていたが、
「そんなことはありませんよ。主任はいつまでも先輩ですよ」
 と答えていた。本音である。
 そんな会話ができるくらいになるまでには少し時間も掛かった。入社して二ヶ月目くらいで少し鬱状態に陥ったからだ。いわゆる「五月病」である。それを乗り越えられると気持ちに余裕も出てくるというもので、主任との会話にもそれが表れている。
「佐川君は、恵美ちゃんが気になっているんだろう?」
 恵美ちゃんというのは、事務員の女の子で、倉庫の人たちにいつも気を遣ってくれていた。大人しめの女の子で、事務員の仲間に入っているわけではなく、逆に倉庫の男性たちと話をしている方が多いくらいだ。
 しかし、そこに恋愛感情が見えてこないのは、どうしてだろう? 倉庫の人は暗黙の了解で、彼女を独り占めにしないような気持ちでいるのだろうか。そう考えるとどうしても遠くから彼女を見つめてしまう自分がいることに気付いてしまって、それが当たり前のように思えてくるのだ。主任が恵美ちゃんの話をここで出すなど、考えてもみなかった。
「ちょっと気になりますね」
 どう答えていいか分からなかったが、じっとニコニコしながら見つめてくれている主任を見ていると、正直に答えるのが一番よかった。
「そうだろうと思ったよ。彼女は気立てのいい娘だからね。皆のアイドルなんだ」
「本当は話しかけたいんですけど」
「話しかければいいよ。佐川君なら皆何も言わないと思うよ」
 五月病を抜けることができた一番大きな理由の一つが、彼女の存在であることに間違いない。それを主任はウスウス感じているのだろうか。
「佐川君は正直者だね」
「どうしてですか?」
「すぐ顔に出る」
 いいことなのか悪いことなのか分からないが、顔が真っ赤になっていくのを感じた。
 自分でこの性格は嫌いではなかった。素直だということだからである。顔に出るということは、知らないのは自分だけということ。顔が真っ赤になっていくのは、知らないのが自分だけということを身に沁みて感じるからだ。
「話しかければいいよ。佐川君なら皆何も言わないと思うよ」
 この言葉は嬉しかった。自分ならというのは、仲間と認めてくれているからだ。今まで人と一緒にいて、仲間と認められた気分がしなかった。元々が目立ちたがり屋な性格であるくせに、目立つためのものがなく、ただ集団の中にいただけだった。
 今から思えばそんな自分が嫌だったに違いない。意識しないようにしていたのだが、学校を卒業して一人になってみて気付いたことだ。それが五月病の中だったことは何という皮肉なことだろう。
 性格的なところは、親への反発が大きいのを佐川は最近になって自覚し始めた。
「人とうまくやっていかないといけないよ」
作品名:短編集91(過去作品) 作家名:森本晃次