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短編集91(過去作品)

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 だから人に逆らったこともない。逆らうすべを知らないのだから当たり前のことではあるが、要するに他人の意見を鵜呑みにしてしまうところがあった。
 それを素直な性格だと自分で思い込んでしまっているから始末が悪い。言い訳を考えながら行動しているように思えて仕方がない。
 また、服装や身だしなみに対してもうるさかった。
「身だしなみをしっかりしておかないと、人からなめられるぞ」
 と言われていた。意味も分からず頷いていたが、
「俺は格好から入るんだ」
 と嘯いていたおしゃれが好きな友達がいたが、彼を見ていると、どうしても親の言葉に反発してみたくなる。
 佐川は格好から入ることを嫌った。自分の中で納得できないことを表に示すことを極端に嫌った。それが自分に自信のある人ならいいが、佐川はどうしても自分に自信が持てない。格好から入って、
「何だ、あなたって表面だけの人じゃないの」
 と言われる屈辱に耐える自信などとてもなかった。
――女性に自分から声を掛けるなんて――
 と思っていたのだが、開き直りというのが幸いしてか、話しかけなければ何も起こらない。
「あの、これ映画のチケットなんですけど、一緒に行きませんか?」
 これだけ言うのに、気分は病院の待合室だった。
――待合室一時間、診察五分――
 待合室を思い浮かべた自分がいじらしくて、思わず一人苦笑いをしてしまった。
 チケットは、
「これ、子供といくつもりで買ったんだけど、お父さんも買ってきていたの。余ったのであげるわ」
 と言ってくれたものだった。恵美を誘うのを見越してだろうが、ニコニコと笑っている顔に微笑ましさを感じた。
「いいですよ。喜んで」
 ニコニコした表情に驚きはなかった。まるで声を掛けられるのを待っていたようで、きっと彼女も佐川から声を掛けられることを待ちわびていたかのようだ。
「やっぱり声を掛けてよかったでしょう?」
「ええ、そうですね」
 これは後になって分かったことだが、お膳立ては主任の計画通りだったようだ。
――こんなに世話焼きの主任が社会に出てもいるんだな――
 と感心したくらいだが、それも自分の性格を認めてくれたからだと感じることで、好意に甘えることを自分なりに理解していた。
 人の敷いたレールの上を歩くことに違和感を感じていた佐川だったが、それが自分の親に対してだけだということをその時初めて実感した。
――どうしてこんなに親に対して逆らう気持ちになってしまうのだろう――
 と考えた。一つハッキリしていることは、
――親の言葉には魔法が掛かっている――
 ということである。意識していないつもりでも意識してしまう。だから必要以上に反発もするのだ。
 彼女に話し掛ける勇気が持てたのも、気持ちに余裕ができたからだ。
 余裕というのは、自分の時間を有意義に過ごすことができるようになって生まれたようだ。まわりに流される時間というのも、後から考えれば懐かしく思えるものだが、それは学生時代だったからいい思い出として残っているだけだ。社会に出てシビアな世界を目の当たりにすると、自分の世界をどれだけ大切にできるかが、余裕を持つことができるかの分かれ道になる。
 趣味を持っていることがどれほど自分に余裕を持てるか、会社に入って感じるようになった。一生懸命に覚えようとしている勤務時間を一歩離れると、最初は仕事のことが頭から離れなかったが、次第に慣れてくると気持ちに余裕が出てくる。要領が分かってきたのだ。
 要領という言葉、学生時代は嫌いだった。何をするにも真正面からぶつかっていくことしか考えていなかった佐川、それこそが美徳だった。要領よく立ち回ることに邪道を感じていたのは、余計な反発心を持っていたからに違いない。
 まだそんな性格が残ったままの佐川だが、何とか人に敷いてもらったレールとはいえ、恵美とのデートにこぎつけることができたのだ。
 デート当日、どんな服で、どんな格好をしていけばいいのか分からず、普段と同じ格好で行った。白いワンピースに身を包んだ恵美は、もっとおしゃれしてくるかと思ったが、却ってシックな服装が似合う。
――思ったよりも童顔なんだ――
 工場の作業着のイメージしかないので、そう感じるのだろう。
 童顔の女の子を自分が好きなことに気付かせてくれたのは、恵美だった。あどけない表情は、まっすぐな目で自分を見つめてくれているようで、それだけでドキドキしてしまう。妖艶な目つきの女性に見つめられた時に自分が男であることに気付くだろうと思っていたのだが、それが間違いであることに気付いたのだ。
 その日のデートの主導権は恵美が握っていた。もちろんデートの計画をいろいろ考えていた佐川だったが、あどけない表情の恵美に見つめられてからというもの、すっかり恵美の顔に見入ってしまって、自分から行動を起こすテンポが遅れてしまう。それを見越してなのか、いつになく積極的な彼女の行動をなすがままに受け入れるだけの佐川だった。
 積極的な行動は、恥じらいから起こるもののようだ。
「いやあね、どうしたんですか? そんなに見つめないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」
 昼食を摂るのに立ち寄ったレストランで一息つきながら恵美が言った。その時がお互いに初めて正対した時だったからである。
 恥じらいを隠そうと積極的な態度に出るのもいじらしい。恥じらいを持った女性を意識してしまうのは男の性でもあり、そのことに気付いたことで、ますます女性というものが好きになった。
 その日は夕方までデートしていたが、あっという間だったように思える。初めて女性と二人きりの時間を過ごしたのである。夢のような時間であったことは言うまでもない。
 一緒にいる時は、
――この時間が永遠であってほしい――
 と思ったものだ。それは想像の許容範囲内だったが、これほど時間があっという間に過ぎてしまうというのは、想像できなかった。
 想像していたことと、できなかったことが半々だったように思う。
 初めてのデートが終わると、きっとまわりがいろいろ聞いてくるだろうと思っていたが誰も聞いてこない。まるで何事もなかったかのように仕事に勤しんでいるが、何となく拍子抜けしたようだ。
 しかし、それも当たり前というものだろう。お膳立てをしておいて後は静観するというのが大人の世界だと考えれば、それも納得がいく。
 しばらく何も話題に昇らないまま、時間が過ぎていった。
 恵美にしても、あれから何事もなかったように今までどおり仕事をして、笑顔も普段と変わらない。
 恵美が気にならないでもなかったが、時間というものが感情を薄れさせてしまうということに今さらながら気がついた。あれだけ気になっていた恵美が、それほど気にならなくなったのである。最初は無意識に見ていたことを指摘され、自分の中の気持ちを知った。
 しかし今度は意識してしまうと、過剰に意識するあまり、自分の本当の気持ちが分からなくなることも往々にしてあるというものだ。特にまわりから見られていると思うと、緊張が先に立ってしまい、なかなか自分の気持ちを見つめることができなくなってしまう。
――他の女性も気になってきたのかな――
作品名:短編集91(過去作品) 作家名:森本晃次