短編集91(過去作品)
三十歳を境に
三十歳を境に
――自分は女性とは縁のない、冴えない男なんだ――
と思っている男性は、きっと世の中にはたくさんいるだろう。
それでも、精一杯おしゃれをして、女性の気を引こうと頑張っている男性、逆におしゃれをしてまでもてたくないと、思っている人。後者の男性には、変なプライドのようなものがあり、
――自分は女性を追いかけるようなケチな男ではない――
と思っているのだ。
それを自分で開き直りだと思っているならまだいいのかも知れないが、ただプライドが高いと思っているのであれば、意地を張っていると見られても仕方がないかも知れない。
そんな男性でも心の底では女性にもてたいと思っているに違いない。男性という動物は女性を気にするようにできているからだ。女性だって男性を求めているのだ。一生に一度も恋愛をせずに終わってしまうということほど悲しいものはない。誰もが恋愛をせずに生涯を送るなどと思っていないだろう。結婚をして平凡な家庭を築く、それこそが男性として、いや人間としての本能ではないだろうか……。
ここに一人の男性がいる、彼ももてない男だと思っていたが、人間どこで変われるきっかけが転がっているか分からない。きっと、それは彼だけに言えるお話ではないだろう……。
自分の時間を大切にすることで、これほどまわりを見る目が変ってくるとは思わなかった。佐川にとって、社会に出ることは人生の中でも一番の転機だと思っていたので、大学四年生になった頃から、一抹の不安でいっぱいだった。
その前に立ちはだかる就職活動もさることながら、皆が意気揚々としている姿が信じられなかった。
――皆、社会に出ることに不安がないのかな――
と思えるほどで、まるで就職活動をゲーム感覚でしていたのだ。
アルバイトを学生時代に何度かしていたので、表から見る社会人というのは見てきたつもりだ。確かに学生に比べて厳しさという面では雲泥の差がある。そこに存在する責任という二文字が大きくのしかかってくるからだ。
――皆それを分かっているのかな――
と思えるほどで、特に大学時代のまわりを見ていると、誰も責任感に対して深く考えていないように思えた。
佐川はまわりに流されやすいタイプである。まわりが暢気にしていれば、自然と自分もそのペースに巻き込まれて、下手をするとまわりに騙されやすい方かも知れない。皆勉強などしていないふりをしているのに、ふたを開けてみると皆テストの成績はいいではないか。
「お前は要領が悪いんじゃないか?」
と言われた。
大学の試験というのは高校までの試験と違い、情報が大きな武器になる。いかにいい情報を得ること、これだけで成績に与える影響はかなりなものだ。しかし、それだけではうまくいかない。情報をいかに整理して、答案を埋めることができるかというのが、本当は一番肝心なところである。これこそが就職活動にも活かされるテクニックで、実力として身についてしまえば、それだけで大きな武器になるはずだ。そのことを佐川は、就職活動中に知った。
就職活動中に知り合った連中は、皆ライバルであるにもかかわらず、情報交換ということでいろいろ話をしていた。しかし、それでも実際に友情のようなものも芽生えてくるようで、就職以外の話もするような仲になった連中もいる。
学生時代の楽しかったことなどを聞いていると、自分がどれだけ冴えない男性であったか今さらながらに思い知らされ、彼らの女性に対する考え方を羨ましく思うほどである。
大学時代に限らず、今までずっと女性にもてたことのない佐川にとって、女性という存在は特別だった。女性に興味を持った年齢もかなり遅く、中学卒業間近だったのを覚えている。受験でストレスが溜まっている時期だったこともあって、まわりがよく見えてしまったのだろう。女性と一緒に歩いている同級生を見て、
――羨ましい――
と思ったのがきっかけだった。
女性に対しての気持ちが盛り上がったというよりも、友達が同じ男性として羨ましかっただけというのがきっかけだったのも皮肉なことのように思える。
高校に入学して、なかなか女性と知り合うことがないのは、自分が冴えない男だというよりも、女性に声を掛けることもできないような根性なしだったからだろう。根性なしというよりも小心者だったのだ。
――根性なしよりも、小心者の方が救いようがないかな――
と思い出すと苦笑いをしてしまいそうだ。
小心者というのは、何をするにも怖がってしまい、自分から動くことをしない。
――果報は寝て待て――
ということわざのように、何もしない方が結果がいい方に向いてくると思っているのが根性なしではないだろうか。考え方一つでどうにでもなる根性なしは、まだ救いようがあると感じる。
小心者は気持ちに余裕もない。思い込んだことだけが信じられることとして、まわりの意見に耳を貸さない頑固なところもある。自分の殻に閉じこもって、厄介な性格でもあったりする。
そんな男に女性が見向きするはずもない。佐川もそんなことは分かっていた。
――知り合いたいが仕方がない――
と思うのも無理のないこと、女性と一緒にいることを夢見ながら、本当に夢のような出来事として諦めの境地に入っていた。
考えていると、頭に必ずつくのが、
「所詮」
という言葉である。所詮という言葉がつけば、自分を小さいからに閉じ込めてしまい、すべてその中で片付けてしまおうとするには都合のいい言葉である。佐川にとって高校時代とはまさにそんな時代だった。
友達も内気な連中が多かった。勉強は一生懸命にするが、あまり他人のことにこだわるようなことはしない。あくまでも他人の領域に立ち入ることをしないことで、自分の領域も守ろうとするのだ。
高校時代だからそれでよかった。しかし、大学に入ると、大学生なりに自分たちのルールが確立されている。それは先輩たちから受け継がれ、長年にわたって培われていたものである。それを知ると、少し小心者の自分が恥ずかしくなってきた。殻を破る時期があるとすれば今しかないと感じたのだ。
もし、その時に感じなかったらどうなっていただろう?
人生には何度か節目があると言われるが、最初の節目だったに違いない。友達を作ることで今までのわだかまりが、わだかまりではなくなってしまったかのように思えるからだった。
高校時代に友達だった連中とは少し違う。一つのルールにのっとって友達関係でいるのだが、そこは自由である。人を縛ったりせず、お互いの自由な発想の中、自分たちで何かを作り上げようという建設的な考えがあった。
サークルも文芸サークルに入り、ポエムや小説、中にはイラストから絵画まで、幅広い活動をしていた。サークルの中には女性もいて、同じような考えの人がいることで、女性という目で見ないように無意識に考えていたようだ。
その方がサークル内ではしっくりいった。皆彼女のことを女性として見ていないように思えるからだ。
作品名:短編集91(過去作品) 作家名:森本晃次