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短編集91(過去作品)

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 千早は、そんなことも感じなくなっていた。高校までは学校が近かったので、電車通学をしたことがなかったが、実は憧れていた。自動改札機に定期券を通す仕草、つり革を持っての通学を思い浮かべると、まるで大人になったような気がしてくるのだ。まるで子供のように無邪気な気持ちなのだが、まんざらこんな気持ちは嫌ではない。
 大学に入り電車に乗っての通学となったが、曜日によっては通学時間が遅くてもいい時があるので、少し拍子抜けしたところもあった。社会人になって本当に電車通勤になった頃には、仕事の疲れを増幅するような通勤の疲れでウンザリくるくらいになっていた。
――これほど電車の移動がきついものとは思わなかった――
 と思うようになって、無意識に電車の中ではあまり頭を使わないようにしていた。揺れに合わせて、流れに逆らうことなく乗っているのが一番楽である。
 車窓からの眺めも最初は新鮮だった。今でこそ同じ眺めが毎日のように目に飛び込んでくるが、最近では眺めに対して何も感じないようにしている。当たり前のように飛び込んでくる風景は、期待を裏切ることもなく、いつも変わらぬ気持ちでいられる。
 車窓からの風景など、別に変わるわけでもないので、別に見なくてもいいのだが、どうしても見てしまう。何かを確認したいという気持ちがあるわけではないと思っていたが、最近では車窓からの景色を見ないと気持ち悪い。
 やはり漠然と見ている。見ないと我慢ができないところまで来ているようだ。
――あるべきものがない。ないはずのものがある――
 どちらが気になるのだろう? 時々考えてしまう。
 ないはずのものがある方が気になるに違いないが、果たして毎回同じところを見ていてどれがないはずのものかということが分かるだろうか。あるはずのものがない時も同じである。きっと単体で記憶しているというよりも、景色の中に埋もれてしまっていて、パズルシートの一枚がなくなっているのに気付かないのと、一枚余分なものが混じっていて、うまく組み立てられないのとではどちらが難しいかというのと同じである。まるで同じシチュエーションでも考える次元が違っている時のようである。
 電車の中からの車窓を通して見る景色は、パズルシートの一枚がなくなっていても気付かないのと同じ理屈かも知れない。向こうからは見えていても、こちらは風景の中に埋もれてしまったものとして気にもならない。ゆっくり一つ一つを見る時間などあるはずもない。
 いつになくいろいろなことを考えながら出勤していた。普段から何も考えていない時だって、結構疲れてしまう。しかし、それも車窓からの風景を見ていて
――どこかが違う――
 と感じるところから始まっているのだ。普段から疲れないようにしようと思いながら、知らず知らずのうちに疲れを溜め込んでいるのかも知れない。そんなことを感じながら表の風景を見ていた。
――何も考えていないつもりでも、気がつけば考えている――
 というのが今までの千早の行動パターンである。ふと我に返えると時間の経過を忘れていたなど、今までにもあったことだ。
 そんな時疲れは感じていない。考えている時の自分は自分であって自分ではない。
――時間を飛び越えて、気がつけばその場にいた――
 というのが、本当のところだった。
 だが、その日は普段にない疲れを感じていた。それも電車の中でではなく、電車を降りてから徐々に感じるようになっていった。朝立ち寄る喫茶店に着く頃には、少し息が切れていて、喉の渇きもいつもよりも激しいようだ。
「お疲れのようですね」
 優衣に言われてハッとしてしまった。
「分かるかい?」
「ええ、額に汗が滲んでますわよ」
 暑くて額に汗が滲んでいても、喫茶店に着いて一段落すると、汗が引いてくる。入ってすぐでも出されたおしぼりで顔を拭くと、掻いていた汗が引いてくるのを感じるのだが、疲れが溜まっていることを意識している時は、拭いた後から汗がさらに湧いてくる。
 おしぼりで顔を拭くのは、おやじのすることだと最初は敬遠していたが、最近の閉口するような暑さにはさすがに耐えられない。しかも顔を拭いてもまだ汗が滲んでくることがあるくらいなのだ。
「疲れって身体からだけではなく、精神的なところからも来ますからね」
 優衣に言われて思わず頷いたが、確かに疲れていると感じている時は、精神的にも疲れを感じている、もちろん仕事のことが主なのだが、ここでも一つのことを考え始めると他のことが疎かになってしまう性格が災いしているようだ。
「確かにそうですね。気がつくと仕事をしている時と同じような心境になったりしていますね」
「私もそうなんだけど、集中の仕方があまりうまくないんですよ。疲れる原因ですよね」
 年頃の女の子は、それなりに悩みや考えることも多いだろう。男性と女性では同じ歳でも女性の方が少し精神年齢は上だといわれる。
 優衣の精神年齢とあまり変わりはないかも知れない。
「私、最近疲れを感じる時が分かるようになってきたんですよ」
「というと?」
「実はこの間まで付き合っていた彼氏がいたんですけど、その人の行動パターンが結構決まっていたんですよ。知り合ってすぐくらいから、性格も行動パターンも分かるようになっていたんですね」
 男性から女性を見るよりも、女性から男性を見た方が、結構相手の性格が分かるものらしい。もちろん、一般論ですべての人に当て嵌まるわけではないが、少なくとも千早の今までの経験からは、ほとんどそうだった。
「そんなに単純な性格だったの?」
「いえ、そうじゃないんですよ。気まぐれなところもあって、話をしていてもすぐに話題を変えたりするような人だったんだけどね。でも、それだけに、集中して見ているとその中にあるパターンが見えてきたんですよ。それが私だけに見えてきたものだから、付き合ってみたいって思ったんですよね。ちょうどその時に彼から、付き合ってくれって言われたので、二つ返事でオッケーしちゃいました」
 えくぼを浮かべて微笑んでいる。きっとその時のことを思い出しながら話しているのだろう。
――優衣は自分の性格がすぐに顔に出る方だ――
 付き合い始めた男が付き合ってほしいと告白したのも、優衣の表情を見て判断したに違いない。付き合い始めはお似合いのカップルだったことは容易に想像できる。
「男性は喜んだだろう? きっとお互いに同じ気持ちだと思っていたかも知れないね」
 男女が付き合い始める時に何が一番嬉しいかというと、お互いに同じ気持ちでいられるということが嬉しいものだ。
――やっと見つけたパートナー――
 そんな気持ちになるのも無理のないことだ。千早も最初に女性と付き合った時、まさしくその思いでいっぱいだった。今さらながらに思い出すことができる。
「でも相手が喜んだというよりも、私の自己満足だったのかも知れませんね。彼は思ったよりも冷静な性格だったようで、私よりもずっと大人でした」
 やはり、相手は優衣の表情から気持ちを探っていたのだろうか? 優衣が続ける。
作品名:短編集91(過去作品) 作家名:森本晃次