短編集91(過去作品)
今は電話だけではなく、メールだって使える。最初は頻繁に連絡を取り合っていたが、――あまり頻繁では却って新鮮味がない――
と思うほどである。
回数からいけば、恵美からの方が圧倒的に多く、きっと気持ちは女子学生のようではないかと思える方であった。
仕事が忙しく、全部が全部返事を返せるわけでもない。だが、返せる時には返していたので、彼女は満足していたことだろう。
――それにしても、よくこれだけ話題があるな――
と思えるほどで、似たような内容になるのも仕方がなく、返事に困ってしまう内容も結構あった。
実際に会っていて、面と向っての会話であれば感情が篭っているので、言葉の信憑性を肌で感じることができるだろうが、メールという文字だけで、どこまで気持ちが伝わるかというのも疑問だった。
言葉によっては、話しているよりも感じる言葉もあるが、大抵は冷たく感じるものだろう。それは恵美にも分かっているはずだ。それでも送ってくるということは、心の中にある不安や寂しさをメールに込めて送っていることの表れである。それが分かっているだけに、あまり頻繁だと却って、返す言葉に困るのも仕方のないことである。
最初こそ、一月に一度の割りで彼女に会いにいっていたが、さすがに一月に一度会うというわけにも行かなかった。仕事の忙しさもあり、金銭的なものもそれを許さない。半年もすれば、彼女からのメールの数もすっかり少なくなっていた。
それでも会いに行けば喜んでくれる。あまり長い時間一緒にいることができないので、最初の頃はデートを楽しむ形だったが、途中からは身体を求める時間だけで、終わってしまうことが多い。
――時間なんてあっという間なんだ――
と思うようになっていた。
確かに最初の頃に会いに来ると、たっぷりと時間があったように思う。しかし最近では会ってすぐには、帰ることが頭をちらつくようになり、一緒にいる時間を本当に楽しんでいるのか疑問に感じるようになっていた。それは恵美も同じだったのかも知れない。
――何となく寂しそうな顔をしているんだろうな――
と自分で自分の顔が思い浮かぶ時に見た恵美の顔は、何とも言えない寂しそうな顔になっている。
――まるで鏡を見ているかのようだ――
と思えるほど、似たような顔をしているに違いない。
そんな状態は半年だけだった。
その半年も長かったようで短い。短かったようで長い? 何とも言えないが、後から思うと、あっという間だったようにしか思えないのは、それだけ楽しいひと時だったからに違いない。
――遠距離恋愛は長続きしない――
と言われるが、佐川の心の中では、最初は不安があったが、続けていくうちに、
――案ずるよりも生むが易し――
と感じていた。会っている間はあっという間でも、帰ってきてから思い出すと楽しかったという思いを胸に、また頑張ることができる。それが遠距離恋愛であっても近くにいても同じに思えた。却って近くにいると意識をするが、ずっと離れられない気持ちでいられないような気がする分だけ、遠距離恋愛は精神的に切り替えられるように思える。
だが、女性は違うようだ。
「顔が見えていると、安心なんだけど、顔が見えないと、やっぱり不安が大きいの、寂しいのよ」
ベッドの中での恵美の言葉。
――女性というのは、やっぱり男性とは違うんだ――
と感じるが、自分の感情にはないものなだけに、どう答えていいか分からない。恵美の中に気持ちをぶちまけた後なので、余計に精神的に虚ろな状態だった。
半年経ってから、それまでの連絡メールが目に見えてなくなってきた。毎日掛けてくれた電話も二日に一度になり、半年経った頃には、一週間に一度程度になっていた。
話し方もどこか淡白で、以前に話したことの繰り返しではないかと思えるほどの会話にぎこちなさは隠せない。しかもちょっとしたことで神経質にもなっているようで、以前に彼女が自分で話したことを佐川が覚えていなかったりなどすると、
「この間話したことじゃないの。あなたはもう忘れたの?」
完全に癇癪を起こしてしまって、取り付くしまもない。
「ごめん」
謝っても、彼女の心境は治まらないらしく、
「ごめんじゃないわよ。あなたって上の空なのよ。私以外にも誰かいるんじゃないの?」
などと露骨なセリフまで飛び出す始末だ。
それでも、何とかなだめるが、もう収拾のつかないところまで来ているのだろうか、しばらくすると彼女の方からの連絡がバッタリと途絶えてしまった。
こちらから連絡を取ろうとしても、電話は留守電になっているし、メールに対しての返事も返ってこない。
最初は、焦っていた。何となくぎこちなく逃げ出したい気持ちになっていたのに、追いかけ始めたのである。
――先に逃げられちゃったのかな――
と思うと、自分の性格の一旦を思い知った。
――逃げられると追いかけてしまうんだ――
焦りに繋がっているようだ。だが、それが本当の自分の性格であるかどうかは分からない。
――きっと違うんだ――
と思うと、もう一人の自分が顔を出す。二重人格のもう一人の自分である。
相手からの連絡がなくなって、最初はこちらから必死で連絡を取ろうとした。
――連絡が取れなくとも諦めてしまっては、絶対に後悔する――
それが怖かった。
無駄な努力と分かっていても、しないと気が済まない。自己満足だけだと言われるかも知れない。後で襲ってくる後悔の念から比べれば、それくらいは何でもないものだった。それだけ恵美という女性の存在が佐川にとって大きなものなのだ。
どれだけ時間を長く感じたことだろう。しかし、ある日を境にその時間の長さを感じなくなった。感覚が麻痺してきたのだろうか。思い出せば果てしないほどの長さ、今はすべての時間が短く感じる。
開き直りというわけでもない。ただ、
――自分は女性を追いかけるタイプではないんだ――
佐川は恵美との別離を真剣に考えるようになった。心の中で何かが弾けたのかも知れない。
と感じた。恵美の存在によってできた余裕を今忘れかけていたのに、それを思い出させてくれたのが、彼女への別離を覚悟した時だというのも実に皮肉なものだ。
皮肉なことはまだ終わりではなかった。気持ちに余裕ができ、恵美との別離を覚悟してすぐ、課長に呼ばれた。
「佐川君、前の支店に戻れるようにしてあげたよ」
というお達しだった。元々、戻りたいという話は課長を通じて話してもらっていたが、今となっては、皮肉な結果以外の何ものでもない。別離した相手と同じ職場で顔を合わせることになるのだ。いくら気持ちに余裕ができたからと言って、そう簡単に割り切れるものではない。そんな状況に耐えていけるかどうか、不安で仕方がない。
まわりの人は佐川が喜んでいるように思うだろう。実際もう少し早ければ手放しで喜べた。元の支店に戻ったとして結果どうなるか分からないが、少なくとも気持ちをオブラートに包むような誤解などはなかったはずである。
――やっぱり誤解があったのかな――
作品名:短編集91(過去作品) 作家名:森本晃次