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短編集91(過去作品)

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 確かに今まで女性を見ている時に異性として意識していたが、恵美とデートしてみて、それが漠然としてしか見ていなかったことに気付いた。
 女性と二人きりで会話したことなどなかったのだから当たり前のことである。女性というものが大袈裟にいえば、未知の世界の生き物のように感じたとしても、それは仕方のないことだったのかも知れない。
 夏も終わり、秋の気配がそろそろ忍び寄ってくる時期であった。
 朝からうるさいセミの声で目を覚ましていたのが、バッタリと聞こえなくなり、心地よい風によって、クーラーを必要としなくなっていた。夜も秋の虫の声を子守唄のような気持ちで聞くことによって、ゆっくりと眠ることができるようになっていた。
――秋の夜長をどのようにして過ごそう――
 と考える時期に差しかかっているようだ。
 季節の変わり目は視覚、聴覚、味覚、それぞれで感じることができる。夏が終わると気分的に余裕が出てくると感じるのは昔からだったのだが、だからといって特別な考えはあまりなかった。
――おいしいものを食べて、読書でもするか――
 という程度のもので、文芸サークルに所属していた佐川とすれば、当たり前の感情であった。
 今まで秋になると、上に羽織る服装にそれほど変化はなかったが、恵美と知り合ってからというもの、少し服装が気になるようになってきた。
 最初にデートした時に、佐川の服装について少し気にしていたようだが、夏の暑い時期だったこともあって、それほど気にならなかった。あれからもあまり気にしていなかったが、街を歩いていてウインドウを覗く余裕が出てくると、洋服が気になり始めた。きっと虫の声を思い出すからかも知れない。
 今まで自分はおしゃれを毛嫌いしていた。それは自分に自信がなかったからで、今、洋服を気にしている自分は、無意識に自分に自信を持っているのだと思える。
 今までにも洋服屋さんが気になったこともあった。しかし、なかなか入りにくかったのは、おしゃれを毛嫌いしていたこともあったが、本当にセンスというものが自分にはないと思い込んでいたところにもある。
 例えば店に入って服を見ていても漠然としてしか見ていない。本当は店員に聞けば一番いいのだろうが、今まで興味がなかった分、話を聞いてもきっとよく分からないだろう。
 知らないことを知っているようなふりをして聞いていても、途中から話についていけなくなり、
――時間の無駄だ――
 と感じるのがオチである。そんな思いをしたくないのだ。店員が近づいてくれば、そのまま店を出てしまうようなタイプで、そんな姿を今までに何回か目撃しているが、あまり格好のいいものではない。その人に自分を見ていたからかも知れない。
 だが、気持ちに余裕が出てくると、
――覗いてみてもいいかも知れない――
 と感じるようになり、覗いてみる。店員に寄ってこられても、逃げることをせず、知らないということを恥だと思いさえしなければ、素直に話を聞くことができると感じた。
 さすがに相手も接客商売、こちらが何も知らないことをすぐに見破ったようだ。こちらに変な意識をさせないようにと、リラックスさせることを前提に丁寧に話してくれる。
 スラリと背が高い佐川に似合う服を選んでくれた店員に誘導され、鏡の前で見た自分の姿に感動し、試着まで済ませると、すでにその服が以前から自分にフィットするものであったような気分になっていた。少し大きめのシャツにズボン、それでいてダブついた気分にならないのは、ベルトをしっかり締めているからだった。
――要は、どこか一つでもしっかりと絞まっていれば、外見も内面もすっきりとしているものなのだ――
 ということを今さらながらに感じるのだった。
 仕事では作業着を着ているが、普段はその時に買った服を着ていた。それまで恵美とは一度だけデートをしただけだったが、さすがに忙しくなってお互いに遠慮からなのか、なかなか声を掛けれずにいたのだが、新しい服を買って心機一転したことで、自分から声を掛ける気持ちになっていたその時である。
「佐川さん、今日、お時間空いてますか?」
 何と恵美の方から話しかけてきたのである。仕事の合間だったので、いつ話しかけようかと思っていた最中だったので、さすがにビックリだ。
「いいですね、食事でも行きましょうか」
 何しろ最初からそのつもりだったので、二つ返事である。恵美はニコニコしながら頷くと、それ以後の仕事を嬉しそうにこなしていたように見えるのは、贔屓目なだけではないだろう。
 会社を少し離れた小じゃれたバー。会社の人があまり来ないところを選んだ。会社の人は皆二人が付き合い始めているということを知っているはずなので、なるべく会社の近くは避けたかった。
「それにしてもビックリしたよ。今日は僕の方から声を掛けるつもりでいたんだ。気持ちが通じたのかな?」
 食前酒のワイングラスのふちを重ね、軽く乾杯した後の佐川のセリフである。
 それにしてもいつか来た店というイメージがあった。こんなおしゃれな店に来るには、今のような正装でなければなかなか来れたものではない。学生時代はもちろん、社会人になっても来るはずのない店であった。
「今日の佐川さん、何だか素敵な気がするの。服装のセンスが変わったのもその一つなのかも知れないんだけど、どこかが違うのね」
 どこだというのだろう? 確かに心機一転することで、自分の中で何かが変わったような気がするが、それを醸し出しているということは、自分に自信を持ってもいいに違いない。
 おしゃれをするのは、女性の気を引きたいためで、女性を追いかけるような男はケチな男だと思っていた。そして自分はそんなケチな男ではないと信じて疑わなかった。
 女性の化粧もその一つである。
――化粧をしなくとも綺麗な女性――
 そんな女性を無意識に探していた。恵美を見ていると、普段の作業着を着ていても綺麗に見える。清楚な雰囲気が伝わってきて、横を通りすぎただけで、甘い香りが漂っているような女性なのだ。
 化粧といえば、口紅の色が妙に赤い時があるくらいで、それ以外で目立つものはない。――真っ赤な口紅にドキッとしたので話しかけた――
 と言っても過言ではないが、もし、彼女が真っ赤な口紅をしていなくとも、遅かれ早かれ彼女を意識したのは間違いのないことだ。
 それにしてもそれほど女性を意識している自分が、他の人にまる分かりになってしまうとは、意外だった。
――これでは、自分が女性を追いかけているということを宣伝しているようなものだ――
 と感じながら、主任の考えに乗ってしまった自分が恥ずかしかったが、素直な気持ちとして自分に余裕があったからこそ、できたことだとも言える。
 決して女性を追いかけているわけではない。女性を意識することは男性にとって当たり前の本能であって、自らがもてたいという気持ちを前面に出していたわけではないので、
――女性を追いかけている――
 というわけではない。それを感じたことで、主任の気持ちを甘んじて受けたのだ。
 恵美は素敵な女性だった。
 初めてその夜、佐川は女性を知った。
作品名:短編集91(過去作品) 作家名:森本晃次