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猟奇単純犯罪

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 しかし、相手も怒りに任せて暴言は吐いても、すぐに冷静になって言い過ぎたことを反省するのか、
「お願いしますよ。本当に」
 と懇願はしてくるが、暴言に対して謝っている雰囲気ではない。
 そこで謝ってしまうと、こちらの非を認めたことになってしまうからだ。一度強気になったのなら、謝罪は決してしてはいけないというのも、当然といえば当然であろう。
 何とかその場は治めることができても、
「さあ、今度はもっと大変だ」
 と思う。
 完全に相手の本城に乗り込むようなものだからだ。
 相手は、前の日に、いや、ほとんど毎日眠れなくてイライラしているはずだ。そんな時に、
「お宅に対して苦情が出ています:
 とまともに言っても火に油を注ぐことになるだろう。
 下手に言って、
「あの部屋から文句が出た」
 と分かってしまうと、部屋の住人同士で嫌がらせの応酬になってしまうかも知れない。
 もし、どちらかの家庭が他の部屋の人と仲が良く、そちらの派閥で一人を集中攻撃すれば、もう泥沼である。
 下手をすると、出て行かれることになるかも知れない。そうなると、ここを紹介してくれた不動産屋さんに必ず文句が行くかも知れない。そうなると、このマンションを紹介してくれない可能性が出てきて、悪いウワサが立ってしまうと、管理人としての立場がなくなり、マンションの運営会社から、首を切られることだってあるだろう。
 それくらいのことは考えておかないといけない。マンションのように密接した部屋のご近所トラブルは、どこにでもあることだが、それだけシビアな問題でもある。
 しかも、このマンションは部屋の間取りの関係から、若夫婦が多いようだ。新婚が入居してくる率も高く、そうなると、数年で子供が生まれることになり、どこの家でも子供の夜泣きの問題が発生しないとも限らない。
 ただ、これが全員なら問題ないだろう。
「明日は我が身」
 ではないが、相手がうるさいからと言って文句などを言ってしまうと、今度自分のところが出した騒音を、
「それ見たことか」
 ということで文句を言われないとも限らない。
 そうなると、こちらで反抗してしまうと、売り言葉に買い言葉で、収拾がつかなくなってしまう。そういう意味で、目には目をということが実際に起こらないように、お互いに文句を言いたくても言えないという、実に不安定だが、バランスの取れた状態になってしまうからだ。
「マンションというところは、管理人をやらないと分からない悩みがある」
 ということなのだろうが、お金を払って住んでいるのだから、住民が文句をいうのも仕方のないこと、そう思うと、管理人はどこに文句を言っていいのか分からず、四面楚歌に陥ってしあうのだった。
 そんな管理人が最近、何か新しい遊びを見つけたようだ。それまでずっと真面目一本でやってきた人だったので、精神状態が顔に出たり、体型に出たりしていた。そのため、管理人をやっていて神経をすり減らすようになって、一気に顔色が悪くなったり、みるみるうちに痩せてきたりしていた。
 このマンションには、以前からクレイマーがいて、今の管理人に変わるまで、何人も変わっていた。今の管理人さん、名前を藤原明人というのだが、彼に変わってから一年ほど経っていたが、その前の日とは半年で、さらにその前の日とは数か月で逃げ出すように管理人を辞めていた。
 その中には、屈強に見える人もいたが、やはり最後は顔色が青ざめたようになってやめて行ったのだ。中には病気になって入院する人もいたようだが、その原因となったクレイマーの住人はそんなことなど知る由もなかった。
「自分は住人としてクレームを口にする権利があるんだ」
 と思っていただろうし、
「管理人は住民の意見をちゃんと解決するのが仕事だ」
 と思っていたのだ。
 だからクレームは当然の権利であり、それを解決できなければ、管理人失格だと思っていたわけなので、管理人自身がどうなろうと、関係ないというほどに思っていたことだろう。
 そうなると、管理人と住人の間に信頼関係などあったものではない。管理人はたった一人の住民のために精神を病み、それを見ている他の住民は、
「この頃の管理人さん、雰囲気が暗くて、とっつきにくいわ」
 としか思わない。
 住民同士でも横のつながりなどまったくないのだから、その思いは当然であろう。特にこのマンションでは横のつながりは皆無と言ってもいい。どこの街にもある、「区」や「組」の制度があり、このマンションは一つの棟で一つの組を形成していた。
 だから、組長さんが存在するわけで、組長は一年交代になっている。
 まず市の下に、区が存在し、その下に組が存在する。一応組長は持ち回りで下の階から毎年変わっていくのだが、基本的に単身者以外は組長制度に組み込まれている。
 主にやることとしては、一年に一度の行事があるのだが、隔年で、秋の運動会と、夏祭りが行われるので、その組の代表として取りまとめることであった。そのための寄付であったり、会費の徴収を行ったりする。これも留守宅があったりすると、なかなか進まない。いれば会費の徴収には問題ないのだが、寄付となると、まずする人はいない。さらに、組長になると年間のメインイベントを取り仕切るという意味で、運動会なら、協議に算がする人を組から選んだりする必要があった。その前に、何度か区の公金勘に、組の代表として参加し、プログラム決めのための会議を行うのだ。
 時間とすれば、午後七時から九時まで、普通のサラリーマンでは難しいだろう。したがって奥さんが参加することになり、新婚で子供がいなければいいが、幼児がいる人は子供を連れての参加になる。ミルクの時間もあるので、ずっと参加は難しかったりするので、そのあたりもしっかり足並みが揃うというわけでもないだろう。
 さらにマンションなどのように、隣に住んでいる人がどんな人か分からないなどということはザラにあることなので、組長が協議参加のすべてを担うなどということも当たり前になっていた。
 つまり、組長になると、区のために働くという意味での苦労が結構大変であった。
 確かにお金はいくらか出るのだが、そのために費やす時間と、心身消耗に関しては、
「お金に変えられるものではない」
 と思っている人も多いだろう。
「今の時代に、どうしてこんなことをしなければいけないんだ」
 と思っている人も多いだろう。
 特に若い人はそう思っているはずで、しかも、一度組長が回ってくると感じることは、
「近所の冷たさ」
 である。
 一度知ってしまうと、次の人にバトンタッチすれば、もう二度と協力などするものかという感情になる人もいるだろう。
「一度やってみて大変さが分かったから、今度からは自分も協力して……」
 などという人って本当にいるのだろうか?
 何か自分にかかわりがなければ何もすることはないだろう。例えば子供が数人いて、上の子が子供会に入っているなどして、マンション以外の近所づきあいを余儀なくされている人は、どうしても無視できなくなってしまう。それを思うと、
「近所づきあいなどという茶番が、どれほど薄っぺらいものなのか、やっている人が一番よく分かっていることだ」
作品名:猟奇単純犯罪 作家名:森本晃次