猟奇単純犯罪
だが、その後のハムスターというのは、彼女の顔を見てハムスターだと思ったのだから、自分の妄想が想像に変わったと言ってもいいのではないだろうか。
彼女は続けた。
「ハウスたーも結構飼いやすいのよ。頬袋を膨らませた姿なんか、本当にかわいい。リスもイメージできるし、掌に載ったり、ポケットに入ったりって、前にあったハムスターのアニメそのままって感じで、子供の頃はずっと一緒にいたくらいだったわ」
と言った、
「そういえば、小学生の頃はいつも早く家に帰っていたものね」
「ええ、ハムスターを見にね」
どうやら、この二人は小学生の頃からの友達のようだった。
その会話をきいてからだが、ペットの話をしている時の飼い主の顔を見ると、そのペットが何なのか分かる気がした。
犬、猫というだけではなく、その種類までも知っている種類であれば、容易に想像ができた。
僕はどちらかというとイヌ派だった。
猫も可愛いのだが、犬の場合は人に懐くので、それが可愛かったのだ。
猫というと、家に着くという。飼い主が引っ越しても、その家に居つくのだ。それを聞いた時、
「やっぱり僕は犬だな」
と感じた。
だが、犬を飼うことは親の手前できなかった。一人暮らしができるようになれば、ペットが飼えるところで、飼えるペットを飼おうと思っていた。イヌやネコであれば、なかなか外出もできないが、室内で飼えるペットであれば、そうでもないだろう。イヌなどは飼い主がいないというだけでいつまでも鳴き続けているという特徴がある。それに比べれば小動物であれば、自分でなくても、餌を与えればいいだけにしておけば、頼みやすいとも思った。
小動物であれば、特に女性に人気のペットなどは、きっと預かってくれる人もいることだろう。
そんなこんなで、僕はハムスターを飼うことにした。
「今の僕も他の人から見れば、ハムスターに見えるかも知れないな」
と感じていた。
このマンションはペットを完全に禁止していない。ハムスターだったら、ちょうどいいのではないだろうか。
管理人
このマンションの管理人は雰囲気気さくな人である。いつもニコニコ笑っていて、マンションに住んでいる人皆に話しかけることが多かった。
しかし、そのせいか、どこかおせっかいに思われているようで、前に住んでいた新婚さんは、一年も経たないうちに引っ越していったという過去もあったようだ。牛島夫妻が引っ越してきた時は、そこまではなく、やはりウワサになっていたのが聞こえてきたのか、反省があったようである。
管理人というと、よくは知らないが、思っているよりも気を遣うのかも知れないと思った。
特に人間関係などで苦情があったり、ゴミの分別、マナーを守らない住人などがいれば、中に入らなければいけなくなり、本当に大変であることは想像がつく。
特にこのマンションは前述のように、ペットを飼ってはいけないという厳格なルールはない。さすがに犬が鳴き叫ぶとか、爬虫類などを飼っていた李、アレルギーの人が隣接する部屋にいる場合などは遠慮してもらうことが多いだろう。
ただ、鳴き声に関しては、他の部屋の人も文句がいえない場合もある。赤ちゃんがいる部屋などでは、夜中などであっても、お構いなしに声が聞こえることもあるだろう。一応はそれなりの防音はあるが、同じ階で隣室だったりすると、どうしても、声は漏れてしまう。
しかも、ひどい時には、赤ん坊の声が引き金になったかのように、そこで夫婦喧嘩が始まることもある。
子供が泣き始めると、
「おい、俺は明日早いんだ。何とかしろ」
と言われて奥さんは、困ったように、子供をあやす。
ミルクをあげなければいけない時間であれば、母乳なのか粉ミルクなのかによっても違うが、粉ミルクなどでは、作るまで子供はそのまま放っておかれてしまう。そうなると、さらに赤ん坊は泣きさけぶことになるだろう。
「うるさいっていってるだろう?」
旦那は自分のことしか考えていないかのように、罵声を浴びせる。
この時点でまだ我慢ができる奥さんであれば、きっとその人はできた奥さんなのだろう。普通であれば、
「何言ってるのよ。私はミルクを作っているのよ。手が離せないの。うるさいと思うんだったら、あなたが子供をあやしてよ」
と反論するだろう。
こうなってしまうと、もう水掛け論である。売り言葉に買い言葉、何を言っても通用しなくなる。
しかも、旦那としては、
「俺が働いてお前たちを食わせているんだから、夜はゆっくり寝かせろ」
と言いたいだろうし、奥さんとしてみれば、
「私は、家事もしながら、この子の面倒を見ているのよ。こっちはずっと眠れないの」
と言いたいことだろう。
こうなったら、お互いの主張しか考えられなくなる。何しろ眠たい状況は二人とも同じなのだが、相手のことを考える余裕などなくなっているからだ。
ただ、その原因を作ったのは、子供ではない。この時の場合で限って言えばであるが、二度目に口を開いた時の旦那の言葉が悪いと言えば悪いだろう。完全に火に油を注いだ形になっているのだ。
「夫婦喧嘩は犬も食わない」
と言われるが、子供が絡むと、夫婦喧嘩は尋常ではなくなってくる。
お互いにもう話し合う気持ちはなく、旦那はふて寝するしかなく、奥さんは旦那など関係なく、子供のためのミルクをあげることに集中しなければいけない。
奥さんはもちろん、旦那の方も眠れたものではない。自分が火に油を注いだのだからしょうがないと言ってしまえばそれまでだが、旦那の方も少し気の毒だ。
気まずい雰囲気の中で夜が明ける。さっきまで泣いていた子供も大人しくなり、すやすや眠っている。
普通であれば、目に入れても痛くないほどの可愛さなのだろうが、そうもいかないのが赤ん坊というものだ。
だが、そんな夜中の状況を、他の部屋の人が誰も気づかないという保証はあるだろうか。二人はなるべく声は抑えたつもりかも知れないが、感情が籠っていれば、そんな常識的な判断は、瓦解するものである。
そんな時に苦情が上がってくるのは、管理人に対してである。
「隣の子供だと思うんだが、夜中に何度も起きて泣いているんだ。しかも、時々夫婦喧嘩をしているのも聞こえる」
というその通りの苦情である。
最初は大人しく苦情を言ってくる。
――管理人さんも大変なんだろうな――
という思いで言ってきているのだろうが、管理人としては、他の住人の悪口を言ったり、どちらかの肩をもつようなことはしてはいけないのだろう。
そうなると、曖昧に返事をするしかなくなってくるのだが、そうなると文句を言っている方も管理人に対して感じることは、まったくこちらの意見を聞いてくれないと判断すれば、今度は威嚇するかのように怒り出すのだ。
「こっちだって言いたかないよ。それを管理人を通して何とかしてほしいって言ってるんだ。お前もちゃんと真面目に聞けよ」
と言いたくなる。
ここでカッとしてしまっては、管理人としては失格であるので、何とか宥めようとするが、引き下がってくれないと難しい。
「すみません、私の方からも一言言っておきますので」
というしかない。