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猟奇単純犯罪

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 僕も、ペットを飼うということは諦めていた。しかし、今度期せずして一人暮らしをすることになった。マンションでは基本的にペットが禁止というわけではなかったが、どうやらこのマンションでは誰もペットを飼っていないようである。ひょっとしてペットを飼わないことが暗黙の了解になっているのだとすれば、泣き叫ぶようなペットは飼うことはできないだろう。
 犬や猫、そのあたりはダメだろうし、鳥もダメである。できるとすれば、金魚や熱帯後などであろうか。
 最初はウサギを考えたが、ウサギは何かアレルギーを感じさせる。少しでもアレルギーを緩和できる動物はいないかと思い、ペットショップで聞いてみた。
 すると紹介してくれたのが、
「この子なんかどうですか?」
 と言って勧めてくれたのが、ハムスターだった。
――そういえば、ハムスターといえば、僕が小さかった頃、アニメの主人公になっていて、可愛いと思ったんだっけ?
 というのを思い出した。
「狭いスペースでも飼えますし、騒音もないので、ペット禁止のマンションなどでも、飼育しておられる方も結構いますよ。飼いやすいというのと、癒されたいというのであれば、ハムスターをお勧めしまう」
 と言われた。
 ハムスターは確かに可愛い。男の僕が一人で飼うのは抵抗があるかも思われるかも知れないが、僕にとってそれは自分をかわいいと思える瞬間でもあった。
 動物を愛でている自分の姿を想像すると、普段とは違う自分の顔が想像される。元々自分の顔など、鏡でも見なければ見ることはできない。そんなことはよく分かっているつもりだ。
 同じ顔であっても、表情が違えば確かに違った雰囲気に写るのだろうが、この時に感じた僕の僕を想像する顔は、明らかに別人だった。
 僕の友達の中で、そんな気の利いた表情をするやつがいたっけ?
 ああ、いたいた。あいつなら……。
 というわけで想像してみたが、ハムスターを見る顔が、今度はだんだんハムスターに似てくる。別に怒っているわけでもないのに、頬袋をプクッとさせる仕草は、まさにハムスターそのものだ。
 ただ、今想像した友達は、どちらかというと恰好いいやつだったので、こんなおちゃめなことが似合うやつではなかった。また別のやつを想像すると、なるほど、似ている似ている。いかにもハムスターだった。
 そうやって見ていると、またしてもさっきの恰好いいやつに顔が戻ってきた。こみあげてきた怒りからなのか、今まで僕という表現が多かったが、ここからは完全に俺になってしまっていた。
「ひょっとすると俺は、おちゃめな雰囲気よりも格好いい男に憧れているのではないだろうか」
 と思えてきた。
 その男は女性にも結構モテるのだが、
「やつが女性と一緒にいるところなど見たくもない」
 といつも思っているのは、やっかみ以外の何物でもないと分かっている。
 それでも思い浮かべてしまうのは、別の意識があるからだろうか。
 一つ気になったことだが、どうやら俺とやつとでは女性の好みが似ているようだ。だからあいつが連れている女は、ことごとく俺の好みである。
 実際に好きになった女性がいて、何とか話ができるくらいにならないかと模索していた。自分としては、まず第一段階としては、話ができるくらいで満足できると思っていた。
 どうやったら話しかけることができるのかと、あれこれ考えていると、いつの間にか彼女とそいつが仲良くなってしまっていて、出鼻をくじかれたことで、完全に彼女に対しての気持ちを失ってしまった。
「その程度にしか思っていないなら、好きになる資格はない」
 と言われるかも知れないが、俺には彼女があいつと一緒にいて楽しそうな顔を見るだけで、今まで抱いていた好意が、嫌悪に変わったのだ。
 ひょっとすると、最初から嫌悪の裏がえしだったのかも知れない。
「どうせ俺じゃあダメなんだ」
 という後ろ向きな考えが絶えずある俺には、ダメだと思った瞬間にすぐに逃げに入るという癖がある。
 だから逃げ足の早さだけは負けないつもりでいるのだが、それがいいことなのか悪いことなのか、俺には分からなかった。
 俺も自分がここまで被害妄想で、偏屈だとは思わなかったが、それなりの意地はあるつもりだった。
 好きになったはずの彼女をすっぱりと諦める気持ちになったのも、その意地からだと思っている。逃げ足というのは言い訳に過ぎないが、意地だといえば、自分を納得させることができる。そう思うと、
「俺は他人とは違う」
 という心境に行き着いた。
 そんな中でも、一人気になる女性がいた。
 昨年の予備校にいた女の子だったが、今年はいないので、どこかの大学に入学できたのだろう。彼女は綺麗というよりも可愛いという雰囲気で、いつも端っこにいて目立たないタイプの女性だった。そういう女性を自分は好きになるんだということを最初に感じさせてくれた女性でもあった。
 もちろん話しかけたりしたことはない。偶然を装って、隣の席に座るという勇気すらなかった。それでも少し離れたところから彼女を見守っているのが好きだった。まるで自分が彼女の守り神であるかのような妄想に駆られるのがよかったのである。
 あれは、ある日、彼女が友達との会話の中で、ペットの話をしていた。三人くらいの女の子が話していたのだが、そのうちの一人が、
「私、本当はフェレットが飼いたいんだけどな」
 と言っていた。
 気になる彼女ではない女の子だったが、フェレットという動物をイメージすると、その女の子に雰囲気が似ているような気がした。
 イタチっぽくて、愛らしい小さな顔が特徴で、僕も好きな動物の一つだ。
 ちなみに、嫌なやつのことからペットの話になったので、一人称も俺から僕に戻すようにしよう。
 その話を聞いた僕が気になった女の子が、
「フェレットは、日本で飼うのは難しい動物なんじゃないかしら? 確か法規制も厳しいって聞いているわ」
「そうなんだけど、飼える種類もあるっていうわ。それに飼いやすいという話も聞くし、それに値段的にもそれほど高くはないとも聞くわ」
 どうやら、少しは知識があるようだ。
「フェレット、確かに可愛いわね。でも私は別のペットを飼っているから、羨ましいけど、うちの子だって可愛いからそれでいいのよ」
 と、ちょっとおかしな語彙だったが、どうやら相手に話しかけながら、自分にも言い聞かせているような気がして、思わず聞いていて微笑ましく感じられた。
「何を飼っているの?」
 ともう一人の女の子に聞かれた時、彼女はすぐに答えたはずなのだが、その時僕は彼女が何と答えるか、想像がついた気がした。
 僕も思わず心の声で叫んでいたが、それとほぼ同時に彼女が答えた。
「ハムスター」
 このタイミングが僕には嬉しかった。
 嬉しいだけで満足してしまいそうになっていたが。、どうして彼女がハムスターを飼っていると分かったのかというと、友達に聞かれて答えようとしたその瞬間、彼女の顔がハムスターに見えたからだ。
 さっきの女の子はフェレットと聞いてから、想像したので、自分の想像が妄想に変わったのかも知れない。
作品名:猟奇単純犯罪 作家名:森本晃次