猟奇単純犯罪
「ええ、そちらはある程度解決しました。ただ、本人がいないので、何とも言えませんが、一つ話をしておけば、この依頼を受けた時、私はこの事件とはまったく関係のないことだと最初は思っていましたが、いろいろ調べていると、どこかで繋がっているような気がしています。だから警察には一刻も早く、彼を見つけ出してもらって、私もまず彼の依頼を成し遂げた後、この事件に参画しようと思っています」
「それはありがたい。ぜひ、そうしてください」
「私はある程度、事件の骨格が言えてはいます。事件としてはそんなに難しいものではないと思っていますが、どうもこの管理人の動きが少し微妙な気がして、それが気になっているんです」
「失踪したことからしても、おかしいですからね」
「そうなんです。僕に捜査を依頼しておきながら、どこかにいなくなってしまった。それが少し気に入らないところなんですよ」
と鎌倉探偵も少し頭を抱えていた。
「鎌倉さんは、どこまで分かっているんですか?」
「そうですね。まず、浪人生は殺されたというのが一番疑われていますが、ひょっとすると事故だったのかとも思うんです。後頭部を打って死んでいますが、そこには争った跡がある。それでこけた弾みで頭を打ったとも考えられますよね。ある意味、正当防衛のようなですね。でも、正当防衛でもその場からいなくなっているのだから、本人に殺害意志があったのだとすると、正当防衛も認められない。そう思って逃げ出したのかも知れない。僕はその相手は管理人ではないかと思うのです。そう思うと、彼が失踪した理由も分かる気がするんです。そして、もう一つは、死んでいた浪人生の部屋にあったハムスターの餌になるひまわりの種。それがあったのに、ハムスターがいなかった。つまり、誰か動物アレルギーの人がいて、その人が訪れる時は家から別の場所に移していたんですね」
「それは私も気づいていました。誰が動物アレルギーなのかってね。でも、まだそこまで確定した話を私は掴んでいないんです」
「そうですか。私の方では分かりましたよ。最初からこの人だという目星をつけて、そのつもりで、その人の過去迄遡っていけば、意外とすぐに分かりました。警察の場合は全体を見ての捜査になり、捜査方針には逆らえないという実情があるので、難しいと思いますが、一人の人を絞れば簡単でしたよ」
「それは誰なんです?」
「殺された奥さんです。彼女は子供の頃喘息気味で、それが動物アレルギーと結びついていたようです。もっともあの人の場合は、他のアレルギーもあるようで、食物アレルギーなどもあったようです」
このことも事件に結構関係の深いことでもあった。
「浪人生が殺されたというのは、実はすごく興味深いことで、これが連日で起こったものだから、警察でも、連続殺人を視野に入れて捜査するようになった」
と鎌倉探偵は言った。
「違うんですか?」
「私は違うと思っています。奥さんの死に対して浪人生が関わっているのは確かです。彼が動物を飼っていたということも大いに関係がありますが、ここで旦那の幸助氏の問題もあります」
「旦那が関わっている?」
「ええ、そして僕がもう一つ考えているのが、最終的な犯行現場は別ではなかったかと思っています。ただ、これも本当に殺意があったかどうかも疑問ですけどね」
「というと?」
「奥さんの死ですが、あれは、二段階あったと思うんですよ。最初誰かに殴られた、そして、曽於後で首を絞められたんですね。首を絞めたのが致命傷にはなっていますが、もう頭を殴られた時点で意識は朦朧としていて、かなりのラリった状態だったかも知れません。それを思うと、犯人が最初から殺意があったとは思えない。殺すつもりはなく、奥さんの豹変ぶりにビックリして、その恐怖が首を絞めた時の力になったのかも知れません」
「じゃあ、鎌倉さんは、この二つの死は、本当の殺人事件ではないとおっしゃるんですか?」
「その可能性は強いと思っています。実際にこの事件に登場してくる人のほとんどが、小心者だという気がしませんか?」
「確かにそうですね」
「そしてハッキリと言えるのは、管理人が例の盗撮セットの持ち主であるのは間違いないと思うんです。だから、僕はあの男がこの部屋を盗撮しようと思い立った原因を考えました。何か弱みを握っているか、あるいは、奥さんの普段知られていない秘密を見つけて、それで家庭を覗いてみたいという衝動に駆られたのか、どちらにしても、管理人の興味や変質者としての欲望を満たす何かを奥さんが示したことは間違いないでしょうね」
「それで鎌倉さんは、彼女の勤めていたキャバクラに行ってみたんですね?」
「ええ、奥さんが一時期とはいえ、キャバクラにいたというのは、興味深いことでした。普段からあまり化粧をせず、目立たないタイプだったからですね。でも、それが客にウケたようで、人気も上々だったようです。それはさておき、管理人は彼女の店に行った。そしてそこで彼女が接客しているのを見た。総統興奮したのかも知れませんね。彼女は管理人がまさか店に来ているなんて知らなかった。そして、管理人も知られていないことを分かってた。だから盗撮をしようなんて大胆なことを思いついたんですよ。管理人であれば、当然合鍵を持っています。犯罪であることは分かっているが、こういう犯罪というのは、なかなか自制の利くものではないですよね。果たして盗撮は開始され、管理人の興奮は頂点に達していたでしょうね。その時、ひょっとすると、奥さんの欲求不満に気付いたのかも知れない。でも、自分から奥さんを誘惑したり、ましてや襲ったりなどできるはずもない。それは、そこまでの犯罪はできないという気持ちよりも、そこまでしてしまうと却って冷めてしまうという思いが強い二ではないでしょうか? 盗撮に嵌る人は、見ているだけで満足なんです。よくあるでしょう、目標を達成してしまうと、急に気が抜けて腑抜けのようになってしまうということが、管理人にはそれがよく分かっているので、盗撮に没頭していたんです」
「なるほど」
「奥さんは、そんな状態でいることをまったく知らなかった。自分の欲求不満をどうしようかと思っているところ、浪人生を気にするようになったんです。それは、管理人も一緒でした。今のような平凡な家庭生活にも飽きてきたし、彼女自身が悶々としている。何か刺激をと思っているところに、隣に浪人生がいることを知って、彼を見ていたんでしょうね。浪人生もきっと奥さんの視線に気づいたんでしょう。奥さんを気にするようになった。そこに管理人が何か声を掛けたか、奥さんとの接触できるような何かをしたのかも知れない。だから、浪人生と奥さんが不倫関係になっていたと仮定したら、そこに管理人が大きく影響している可能性はあるんじゃないかって思うんですよ」
「そうなると、管理人がこの事件で一番大きなかかわりを持っていることになりますね。管理人が行方不明というのは、浪人生に何かしたんでしょうか?」
「その可能性は大いにあると思います。盗撮グッズを被害者が持っていたということは、きっと彼は少なくとも一度は、しかも、彼女が殺されたからになるんでしょうが、あの部屋に入ったということになる」
「じゃあ、殺されたあの時ですか?」