猟奇単純犯罪
元々、一番疑わしいのは旦那だというところへ持ってきて、隣の浪人生が盗撮グッズを所持していたということでややこしくなった。しかもそれを最初に持っていたのは、浪人生ではなく、他の誰かだということだった。その可能性として一番高いのが管理人で、しかもその管理人が行方不明ということは、不思議と辻褄が合っているように思えた。
「ところで、もう一人というのは?」
「えっとですね。確か鎌倉さんという探偵さんです」
「鎌倉さんが来られたんですか?」
「ええ」
鎌倉探偵は、この店の情報はまだ取得していないと思っていたが、どこで仕入れた情報だったのだろう?
ひょっとすると、旦那を何らかの方法で問い詰め、そしてここを割り出したのだろうか?
「鎌倉さんが来られたのはいつだったの?」
「あれは、ごく最近でした。二日くらい前ですかね」
二日前というと、確か浪人生が殺されてから二日が経っていた。
「鎌倉さんは何を調べに来たんですか? 旦那さんのことでしょうか?」
と綿引刑事が聞くと、
「いいえ、お客さんの中に藤原さんという方がいないかって聞いてこられたんです。藤原さんと言ってもよくある名前だけど、中年で少し太った感じのおかっぱの人と言われれば、私もピンときました。だって、うちの管理人さんはないですか。どうして管理人さんのことを聞くのかと思えば、前にこの店に来たことはあるかと聞くんですよ。私は何度か見たことがあったので、ありますよと答えました」
「そんなにちょくちょく来るんですか?」
「頻繁ではないですね。本当に一か月に二、三度というところでしょうか?」
「どんなお客さんだったんですか?」
と聞くと、彼女は少し顔をしかめて、
「お世辞にもいい客とは言えませんでしたね。お金払いは悪くないんですが、あの視線がなんとも厭らしいというか、気持ち悪いというか、爬虫類のような執念深さを感じるんです。そんな管理人を見ていると、いつも誰かを見つめているんです。その目がまた気持ち悪くて、思い出しただけでもゾッとします」
本当に嘔吐を催してくるような素振りだった。
「鎌倉さんは何を訊ねたの?」
「一番聞きたかったのは。桜子さんがこの店に来ている時に、管理人は来ていたのかということが聞きたかったみたい」
「それでどうだったんだい?」
「ええ、私は一度だけだけど、桜子さんが接客している日に、管理人がいたのをハッキリと覚えているわ」
「どうしてそんなにハッキリと言い切れるんだい?」
「だって、あの人桜子さんの方ばかり見ていたんですもん。もちろん私を指名なんかしないし、私は金髪のウイッグをつけて、すぐには分からないようにしているから。指名されて正面から見でもしない限り、私だって分からないわ。毎日会っているなら分かるけど、たまに通路で会うくらいですからね。でも、桜子さんはほとんど化粧もしないし、普段と変わらないでしょう? だからきっと管理人はあれが桜子さんだって分かったと思うの。ずっと舐めるように見ていたのを覚えているもの」
普段は質素な服を着ていても、店にくれば、ドレスを着ているのだから、当然綺麗にも見えるだろう。しかも、少しうす暗い店内で、薄い化粧というと、普段から気になっている人であれば、妄想が膨らんで、じっと見ていることもあるに違いない。
「それを鎌倉さんに話したんだね?」
「ええ、話したわ。そうすると、あの人とたんに嬉しそうにしちゃって。まるで子供みたいだったわ。ああいうタイプ私好きなのよ。どこか気難しそうなところがあるんだけど、何かを発見すると、まるで子供のように喜ぶ人ってね」
そう言って、彼女も思い出し笑いをしているようだった。
「いや、どうもありがとう。いろいろと参考にあったよ」
と言って、彼女を見送って、少し考えてみた。
まず気になったのは、なぜ鎌倉探偵がこの店を知っていて。管理人が来たかどうか聞いたのかである、もし鎌倉氏が知っていて、その情報源があるとすれば、それは管理人からであろう。
だが、鎌倉探偵は、最近来たのかという話ではなく、今までに来たのかを聞きにきたのだ。そうでもなければ、
「お客さんの中に藤原さんという方がいないか」
などと聞いてきたりはしないだろう。
綿引刑事は、鎌倉探偵がどこまで掴んでいて、何を確かめたいと思っているのか知りたかった。
ひょっとして、すでにほとんどのことが分かっていて、あとは証拠固めをしているところだなどということであれば、警察の面子は丸つぶれのような気がしてきた。
とにかく、鎌倉探偵の依頼人は管理人である。その管理人がいなくなってしまったということで、彼への守秘義務は絶対的なものとなった。もし本人がいるのであれば、警察が尋問して、その内容を聞き出すこともできるのだろうが、何しろ煙のごとく消えてしまったのであるから、どうしようもない。
まず、鎌倉探偵に遭わなければいけない。会って話をしてくれるかどうか分からないが、どこまで聞けるかは交渉次第であろう。
綿引刑事は、鎌倉探偵の事務所に電話した。
「鎌倉さんはおいでですか?」
出たのは、事務員の女性だった。
「先生はもうすぐお帰りになられますよ。帰ってこられたら、綿引さんにお電話差し上げるようにしましょうか?」
と丁寧に言われたので、
「ありがとうございます。そうしていただければありがたいです。先生はどちらへお出かけなんでしょう?」
「捜査のことですから、私どもはうかつには言えませんが、近くだということは分かっていて、帰所予定としては、後三十分くらいになっていますね」
ということだった。
「ありがとうございます。待ってますとお伝えください」
「かしこまりました。失礼します」
ということで電話が終わった。
果たしてそれから本当に三十分とちょっとで、鎌倉探偵から電話がかかってきた。
「やあ、綿引さん。私のところに連絡をくださったんですね」
といつものお馴染みさんの挨拶だった。
「ええ、そうなんですよ。用件はお分かりかと思いますが」
というと、
「ええ、分かっていますよ。ただ、この間もお話した通り、守秘義務に絡むところはお話できませんが」
といきなりの前置きだった。
それから、場所を鎌倉探偵の事務所に移して、じっくりと話をしようということになり、綿引刑事が、鎌倉探偵の事務所に赴いた。
「ええ、分かっていますよ。でも、こちらの殺人事件にあなたの依頼人が絡んでいること、そして、管理人自身が失踪してしまったことは、警察としても捜査しないわけにはいきませんからね。そのあたりはご容赦を願えばと思います」
「もちろん分かっています。私も警察には全面的に協力するつもりでいます。ただ、分からないことが結構あるので、一つ一つ潰しているところです」
「ところで、管理人に頼まれたという事案に関しては解決しましたか?」