猟奇単純犯罪
「僕はそう思っているんだ。そして、もう一つ気になるのが、死体を発見した時の管理人の様子だよね。まわりから見ていた人の話では、その様子はあまりにも変わっていた。オタオタしていたというが、その様子が滑稽にも見えたという。何か作為でもあるのかと思ったけど、それは、自分が第一発見者だということを強調したい思いと、その時に盗撮グッズを一緒に摂り外すための時間稼ぎもあったのではないだろうか。彼は奥さんが死んでいるのかどうなのか分からなかったので、とにかく行ってみた。そして、急いで盗撮セットを取り外したのではないかな? それをしておかないと、自分が犯人にされてしまう。扉を開けていたというのもそのためで、十分も開けていたというのは、その間に盗撮セットを取り外す時間としてのタイムラグと、早く発見させるためという意識との両方があったんだろう。ある意味彼は慌ててはいたが、かなり冷静でもあったんだろうね」
「さっき、二回襲われたようなことを言っていましたが?」
「うん、最初はきっと自分の部屋で殴られたか何かだったんだろうね。夫婦喧嘩が原因ではないかな?」
「じゃあ、旦那との言い争い?」
「そうだね、それはキャバクラとは別のことだと思う。ひょっとすると隣の浪人生のことに気付いたのかも知れない。ひょっとすると、彼がハムスターを奥さんが来るからと言って、ハムスターをどこかに預けに行くのを見て、何か不審に感じたか何かがあったのかも知れない」
「なるほど、そこで奥さんは意識が朦朧として、ラリったような状態になった。それを管理人は見ていたことになりますね」
「そうなんだ、見ていたんだろうね。そこで奥さんが部屋から出ていくのを見た。きっと行ったのは、隣じゃないかな?」
「その時、旦那は?」
「殺してしまったとでも思ったかも知れないな。そのあとパチンコに行っていたという神経はよく分からないが、パチンコ依存症の人は、それくらいのこともあるかも知れない」
盗撮マニアだったり、パチンコ依存症だったりと、どうもこの犯罪には変質者が多いようだ。
「この事件の特徴は、出てきた事実から判断すると、簡単に組み立てられることなんだけど、そこに異常性癖の人間が数人介在していることで、話がややこしくなっている。しかし逆に、裏に返したものを、さらに裏返して表にしてしまうというのもあるんだ。だからややこしいし、確実なことが言えなかったりするんだ」
「よく分かりました。じゃあ、奥さんは瀕死の状態で浪人生のところに行った。浪人生は見たこともないような恐怖の、いや断末魔に近い顔で自分を見ている奥さんを見て、怖くなった。そこで、衝動的に奥さんの首を絞めたというところですか?」
「さらに、あの奥さんにはM性があるようなんだ。ひょっとすると、首を絞められている時、エクスタシーに達し、もっと絞めてと言ったかも知れない。そんな奥さんが彼はさらに恐ろしくなった。そして彼は自分でも気づかなかっただろうが、今まで眠っていたSの性格が現れた。そうなると結末は見えているよね。彼は、自分がしてしまったことが怖くなった。いくら本気ではないと言っても、この状態であれば、必ず犯罪は露呈するとね。そこで彼女の遺体を彼女の家に持って行った。幸い扉が開いていたので、急いで運び込んだんだ。そして、ちょうどその時、管理人が盗撮グッズを片づけているところと落ち合ったかも知れない。これは私の想像なんだが、そこでmその場は二人で協力して、この部屋で殺されたことにしようと思った。何しろ一度は旦那に殴られて脳しんとうを起こしているんだからね。その時旦那にすべての罪を擦り付けることはできないと思ったんだろう。だから、扉を開けて早く見つけてもらい、とりあえず自分たちのアリバイを何とかする。第一発見者ではあるけど、旦那が殴ったという事実がある以上、旦那がまず第一容疑者だからね。だが、それも管理人が真面目な旦那に、キャバクラのことを教えたからなのかも知れない。そして、念のために、外部から侵入して殺されたかのようにも偽装した。変質者の犯行にしようとでも思ったのか、これは管理人の発想だろうね。彼自身が変質者だったんだから。ただ、もう一つ考えられることとして、彼女の死は一種の中毒のようなものもあったのではないかと思うんだ。彼女は動物アレルギーだった。いくら偶然ハムスターはいなかったとはいえ、いきなり来られたので、掃除はしていなかったはずだ。毛やアレルギーを発送させるものが落ちていたかも知れないね。一種のアナフィラキシーショックというやつだね。・。だからと言って、浪人生に責任はないとは言えない。不幸な事故ではあったかも知れないが、証拠の隠滅を図ったり、管理人にそそのかされたとはいえ、偽装工作をしたんだからね」
鎌倉探偵の話は的を捉えていた。
綿引刑事も、鎌倉氏の意見に概ね賛成であった。
「じゃあ、浪人生が殺されたというのは、浪人生が管理人を脅した?」
「そうだね、管理人は浪人生が殺人を犯したという後ろめたさがあるから、まさか自分を脅すなどと思ってもいなかっただろう。浪人生は浅はかにも自分のやったことを、管理人に押し付けようと思ったのかも知れない。そんなことを考えなければ死なずに済んだかも知れないのに」
と鎌倉探偵は絶え息をついた。
捜査はその後、ある程度進み、鎌倉探偵の意見を裏付けるものばかりが出てきた。そしてちょうどその頃、管理人の死亡も確認された。場所は樹海に近いところの登山口で、車も人も入らない場所に車を止めてから、睡眠薬を大量に呑んで緒覚悟の自殺だったようだ。
遺書には、大変なことをしてしまったので、自分を清算すると書いてあった。死亡したのは、かなり前で、どうやら失踪してから二、三日あとくらいになるようだ。
鎌倉探偵は、依頼人が死亡していたことで、依頼の内容のことを話してくれた。それはこの事件とはまったく関係のない事件で、綿引刑事は少し意表を突かれたが、だが、あの時の鎌倉探偵の言葉を思い出した。
「この依頼は最初、事件とは何の関係もないと思っていたけど、実はそうでもなかったんじゃないか」
と言っていたあの言葉である。
「あれは、どういうことだったんですか?」
「彼の依頼というのは、ある会社が今も存続しているかということであり、その会社の責任者がどうなったかということでした。その会社は存続はしているが、経営陣はまったく変わっていた。会社名も変わっていて。まったく違う会社の様相を呈していたんだ。彼は実は七年前にその会社のお金を使いこんでしまい、それがバレる前に会社を辞めたんだけど、会社の方では、それが誰の仕業なのか、突き止めることができなかった。刑事訴訟は業務上横領の場合は七年なんだけど、民事の場合はもっと長い。それが彼には怖かったんじゃないかな? その確認を私に依頼したんだよ」
「じゃあ、鎌倉さんに依頼した内容を確認する前にこんな事件が起こったので、横領の問題もあって、怖くなって姿を消して、死を選んだということでしょうか?」