猟奇単純犯罪
扉を開けっぱなしていたというのも解せない。すぐに犯行が分かってしまうからだ。もし犯人が衝動的に殺したのだとすれば、そういうことも考えられるが、扉を開けたままというのは、それにしてもおかしい。やはり、早く発見されるように仕向ける必要があったのだろうか?
犯行時間が確定される犯人にとってぼメリットは、
「その時間に自分のアリバイが動かすことのできないほど確定している」
ということだ。
もし、犯人がそう思っていたとすれば、一番考えられるのはご主人だが、会社にいたという証言があるので、距離的に絶対犯行は無理である。
浪人生も違う場所にいて、犯行時間と思われる時は、アリバイが成立する。
もしこの二人のどちらかが犯人だとするならば、死亡推定時刻に誤りがあることになるだろう。
考えることもいくつもあるが、まずは一つ一つの確証を得るためには、実際に歩いてみたり、現場を何度も確認する必要がある。
「現場百回」
とよくテレビドラマなどでも言われているが、まさに現場で見つかる証拠がどんなにややこしい事件であっても、最終的な決め手になることがあるのだということは周知のとおりである。
それと同時に、殺害された奥さんと、浪人生の最近の行動なども探られた。
その中で分かったこととしては、桜子がキャバクラで少しの間、アルバイトをしていたということであった。
店のママさんにも、同僚のキャストにも、もちろん紹介した女性にもすべて事情聴取されたが、誰も彼女のことを悪くいう人はいなかった。
「彼女は真面目で、明るくてお店の客様にも人気があったのよ」
ということで、
「店の客と揉めたりとははしたことないのかな?」
と聞くと、ここを紹介した女性が、
「それはないと思うわ。彼女私が紹介したこともあって、何かあったら、いつも私に相談してくれていたのよ。そんな話はなかったわ」
「相談というと、他に何か?」
と刑事が聞くと、
「そうねえ、何だか、ご主人が気付いているかも知れないって言っていたわ。もし、そうなら私にも責任があるから、ちょっと心配だったんだけど、その時一度話していただけだったので、きっと彼女の勘違いだったのかも知れないって思ったわ」
「そうですか、ご主人が気付いていると、やはり気まずいんですかね?」
と、当たり前のことを聞いて、相手にカマを掛けてみた。
「それはそうでしょう。特に旦那さんというのが結構生真面目な人らしいので、結婚前の知り合う前だったらいざ知らず、知り合ってから、しかも結婚からのことなんですから、バレたらただでは済まないと思うのも当然なんじゃないかしら?」
という。
綿引刑事も旦那が生真面目というよりも、気難しそうな相手であるということは分かっていた。それだけに、見つかると離婚問題に発展しないとも限らない。やはり彼女はこのことが旦那にバレて、旦那といざこざがあって、その末に殺されたのだろうか?
ただ、彼は生真面目な気難しさがあるように見えたが、非常な人間には見えなかった。頭を殴っておきながら、首まで絞めるようなことを果たしてするだろうか?
確かに、念には念を入れてということも考えられるが、それならなぜ扉を開けっぱなしになどするのだ。犯行時間が特定されなくても、パチンコ屋という目立つ場所にいるのだから、早く発見されてアリバイを確定させる必要などない。
それを思うと少し不思議なことがあった。最初に旦那と綿引刑事が話をした時、犯行について説明したのだが、
「頭を殴られて、さらに首を絞めたという念には念を入れた執拗な殺し方です」
というと、その時旦那は、表現が難しいような何とも不可思議な表情をした。まるで、
「ありえない」
とでも言いたげな表情だった。
それが、
――旦那は何か知っているかも知れない――
と感じた一つの理由でもあったが。それ以上のアクションがなかったのは、おかしいなりに何かを納得したからではないかと思えたから、さらに不思議だった。
とにかく、
――あの旦那も何かを知っている――
と感じた。
となると、綿引刑事の考えとしては、今の時点で言えることは、
――皆少しずつだが何かを知っているんだ。そして知っていて何も言わない。それがつなぎ合わせれば、真実が見えてくるのではないだろうか――
と感じた。
そこで気になったのが、
「鎌倉探偵の登場」
だった。
この事件に少なからずの役割を果たしている管理人、彼から何かの依頼を受けた鎌倉探偵、それが、主婦が死んだ翌日だという。ということは、人を殺しておいて、まさか探偵に何かを依頼するというのも、どれほど図太い神経なのかと思うが、管理人にそこまでの度胸は感じられない。
そんな男が失踪するというのもおかしな話で、そうなると、
――管理人も殺されている可能性もあるのかな?
とも思ったが、これが一連の犯罪であれば、少し違う気がする。
同じ犯人ならば犯行パターンを変えたりはしないだろう。
他の二人は、これでもかというほど、大衆に見せつけるほどの露出で殺されている。しかし、管理人は失踪したと誰も疑わないほどに静かにいなくなった。殺されていると考えるのは無理があるのではないかと思えた。
管理人が鎌倉探偵に依頼したのが何なのか、そしてなぜ失踪しなければいけないのか。何と言っても探偵に依頼を頼んでいるのにである。
やはり彼が犯人で、もう逃げられないと考え姿をくらましたか。そうなると自殺するのではないかという思いも頭をよぎる。
とにかく管理人の捜索が今は最優先に思われた。彼を見つけて何をどう知っているのか、そして、なぜ鎌倉探偵に捜査を依頼したのか。そして、なぜ失踪などしなければいけないのか。
不思議なことはたくさん出てくるのだった。
捜査の重点を管理人捜索に置いて、とりあえず全国に指名手配を掛けた。容疑は殺人である。目撃証言を待つしかなかった。
綿引刑事が店を出る時、桜子を誘ったという女の子が後ろから追いかけてきた。
「刑事さん」
呼び止められてビックリして振り向いたが、どうやら何か思い出したのかも知れない。
「さっきお話には出なかったんですが、あれから二人ほど男性が尋ねてきたんです」
という。
「それは誰なんですか?」
「最初に来たのは、桜子さんの旦那さんでした。奥さんが来ていたことを最初はご存じだったのかと思ったんですが、どうやら誰かに聞いたということだったんです」
「それはいつのことでした?」
「あれは、桜子さんが殺される少し前でした。二、三日前だったですかね」
「なるほど、じゃあ、旦那さんは元々奥さんが働いているのを知っていて黙っていたわけではなく、最近誰かに聞いて、知ったというわけですね」
「ええ、そういうことです」
ということになると、旦那が何らかの理由で殺害に絡んでいることも視野に入れなければいけなくなった。