猟奇単純犯罪
考えてみればそれも当然のことで、扉があきっぱなしになっていれば、誰も気づくはずである。犯人とって、死体発見が遅くなくてもよかったということであろうか。
すぐに旦那さんにこのことは連絡された。この日、旦那は休みで、昼過ぎに出かけていた。出かける姿は近所の奥さんが見ていて、挨拶をしたという。
「そうですね。一時過ぎくらいじゃなかったですか? こちらからは笑顔で挨拶したんですが、笑顔もなく、会ったことがまるで悪いことのように、コソコソしているように見えたのが少し気になったですかね。でも、それは奥さんが殺されているという話を聞いたうえで思い出していることなので、私も若干思い込みが入っているかもしれないけどですね」
と、私見を交えて話していた。
もちろん、私見が入るのは当然だと思ったが、この奥さんの話には信憑性が感じられた。話としては辻褄が合っていそうだし。、疑うところはないにもないと思えたのだ。
ほどなくして旦那が帰ってきた。電話で奥さんが殺され、そして自宅に捜査員が入っていることも伝えられたので、血相を変えて帰ってきたという雰囲気である。
まだ、野次馬が表に数人いて、警備の人が立っていたが、幸助が紐を乗り越えて中に入ろうとすると、警備の人に呼び止められた。
「私はここの人間です」
というと、刑事がそれに気づいて、
「旦那さんですか?」
と聞くと、
「ええ、そうです」
「どうぞ、こちらへ」
と言って、中に入れられ、犯行現場に連れていかれた、
すでに被害者は運ばれた後だったので、そこには白い紐のようなものが、太い人間の形を作っていた。明らかにそこで人が死んでいたという証拠のようにである。
それを見た旦那も、やっと事の重大さに気付いたのか、顔面が蒼白になった。最初捜査員と話をしている時は、まだ顔が真っ赤に紅潮していて、興奮気味だったが、ここに至って憔悴していると言ってもいい状態になっていた。
「さっそくですが、あなたは今日お仕事は?」
と刑事の事情聴取が始まった。
「休みだったんですよ。二か月に一度、有休を取ることになっていたので、今日がちょうどその日でした」
「午前中はずっと奥さんと一緒でしたか?」
「ええ、もっとも話らしい話をしたというわけではないですが、女房が家事をしているのを、私はテレビをつけて、最初はボンヤリしていたんですが、そのうちに、本を読み始めました。私は結構テレビを見ながら何かをするということが多いもので」
「それで、午前中をお宅で過ごされたというわけですね?」
「ええ、その後、女房が軽い昼食を作ってくれたので、それを食べてから外出しました」
旦那がそういうので、流しを見ると、まだ昼食の片づけが済んでいなかった。洗い物が流しの中の容器に浸かっていたからである。刑事は少し不思議に思ったが、旦那も出かけたことだし、片づけはゆっくりしようと思ったとしても、それは不思議な心境ではないので、それほどそのことを意識することはなかった。
「どちらに行かれていたんですか?」
「駅前のパチンコ屋です」
「パチンコはよくされるんですか?」
「いえ、そんなことはありません。たまにするくらいですが、基本的にするとしても休みの日に出かけるくらいです。だから、行く店も決まっていて、今日も同じようにその店に行ったんです」
「なるほど、私が先ほど奥さんのことで連絡した時も、パチンコ屋におられたわけですね?」
「ええ、そうです」
そういえば、最初携帯電話に連絡を入れた時、すぐには出てくれなくて、折り返しの電話だったので、すぐに出られない理由があると思ったが、なるほど、パチンコ屋にいたのであれば、それも仕方のないことであろう。
「その後は、どうされるつもりだったんですか?」
「今日は珍しく出たので、少しお金に余裕がありました。刑事さんから電話がなければ、きっと三十分以内に家に電話を入れて、女房を呼び出して久しぶりに外食でもしようと誘うつもりでした」
「外食はよくされるんですか?」
「しょっちゅうではありませんが、たまにですね。行く店も大概は決まっています」
「ところで、お出かけになる時、どなたかに遭いませんでしたか?」
と、刑事は時間を戻して質問した。
唐突で、しかも時間を遡ることになったので、これで冷静に返事ができれば、先ほどの奥さんの証言も信憑性がある。刑事としては、聞き込みの高等テクニックだと思っているやり方だ。
「あっ、ええ、近所の奥さんに遭いましたね。奥さんはニコニコ笑顔で挨拶してくれたんですが、私は頭の中で、すでにパチンコ屋を頭に描いていたので、まともにお返事ができませんでした。失礼なことをしたと思います。なぜかというと、いつもパチンコ屋は朝一番から行くんです。今日は少し遅くなったので、いい台が残っているか分からなかったので、そっちが気になってですね」
「そんなにパチンコに嵌ってるんですか?」
「そんなことはありません。ただ、今日はいつもと違って、いつのように朝一番からいかなかったことを少し後悔してましてね。たまにですが、そんなこともあるんですよ。急にパチンコ屋に行ってみようと思うことがですね。前の日から午前中くらいまでは、今日はパチンコなどする気もなかったのに、午前中の時間があまりにも長く感じられると、昼からの時間をどう過ごそうかってね。そんな時、やっぱり頭に思い浮かぶのはパチンコなんですよ。嵌っているというよりも、時間調整の手段の一番がパチンコということですね」
と旦那がいうのを聞いて、刑事は、
――それを嵌っているというのではないか?
と思ったが、そこは事件に直接の関係があることには思えなかったので、それ以上言及することはなかった。
「分かりました。ありがとうございました」
と刑事は一通りの聴取を終えて、旦那の話をウラを取ったが、概ね彼の話に間違いはなかった。
近所の奥さんの話、パチンコ屋の目撃証言、念のために、パチンコに買ったら行くつもりだったというお店のマスターの証言も取ったが、そのすべてが先ほどの事情聴取を裏付けていたのだ。
とりあえず、旦那は一応この事件ではアリバイがあるとして、重要参考人としては外れた。
捜査は、近所の住人にも事情聴取という形で行われた。
隣の夫婦は、共稼ぎなので、二人とも会社や勤め先にいて、そのウラは取れた、彼らも参考人としては外れた。ただ、話だけは聞かれて、
「お隣のご夫婦ですか? ええ、たまに会いますが、そうですね。私にはあの夫婦は仲がいいのか悪いのか分からないところがありましたね。ニコニコ二人で出かけることもありましたし、でも、最近は二人がニコニコしているところを見たことはないですね。二人でいるところを見ることさえないくらいです」
と奥さんがいうと、
「それは僕も思いました。旦那さんとはたまに一緒に駅まで行くんですが、家庭の話をなるべくしたがらないというか、触れられたくない何かがあるのかと思って、何も聞かないようにしていたんですけどね」
と、旦那の方も答えた。