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猟奇単純犯罪

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 もちろん、相手はただの一人の客であり、恋愛などありえないことであったが、一緒にいるだけで癒されるというこんな気持ちは、今までに一度も味わったことなどなかった。確かに夫からはそんな気持ちを貰ったこともあったが、彼はあくまでも夫という地位を確立した。だから、癒しを貰う相手としては、違う立場に変わってしまった。
 それは、桜子の勝手な思い込みであることは分かっているのだが、その思い込みがあるから夫婦生活もうまく行っているのだろう。以前舅姑と住んでいた時に少し旦那に疑問を抱いたことがあったが、その時に感じたことから、それから旦那は別の立場に変わっていたのだった。
 桜子がキャバクラに行かなくなって数日が過ぎたある日、不思議な光景をマンションに住む一人の子供が見ていた。
 子供や近所の公園で外立と遊んできたのか、少し泥んこになっていた。今どき公園で泥んこになった遊ぶ子も珍しいのかも知れないが、小学生の低学年であれば、それも無理もないことではないか。
 その子が遊んだのは、このマンションから少し離れた別のマンションに住んでいる子供たちとであった。そこは桜子の住んでいるマンションよりも一回りも二回りも大きく、棟も一つではなく、三つほどあった。桜子のマンションも六階建てなので、エレベーターはついているが、友達のマンションのエレベーターは綺麗で大きい、少年は友達の家にいくだけで気持ちをワクワクさせていたものだ。
 当然それだけ大きなマンションなので、クラスメイトも想像以上にたくさん住んでいるようだった、だが、同じマンションに住んでいるからと言って、皆が皆仲がいいというわけではない。逆に人が多いとそれだけたくさんの家庭があり、様々な考え方を持った大人も子供もいるわけだ。
 普段は友達の部屋で遊ぶことも多かったが、少年の友達の中で、表で遊ぶのが部類に好きだという子がいて、その子に忖度し、時々表で遊んでいたのだ。
 さすがに大きなマンションで、遊戯具が設置してある小さな公園が数か所にあり、小さな子供がたくさん遊んでいて、まわりから、お母さんたちが眺めている。その様子は日常の平和な風景であり、目を瞑ると瞼の裏に普通に浮かんでくる光景だった、
 泥んこになってまで遊ぶ子供も少なくなく、お母さんも、
「まあまあ、そんなに汚して」
 と口では言いながらも、目の前で遊ばせているのだから、安心である。
 その安心感が奥さんたちの会話を豊かにするもので、少々大きな声で笑っていることもあるくらいだった。
 それでも気にならないのは、その声に負けないくらいの子供たちの奇声が聞こえるからで、子供が誰か一人死んだことで他の子が奇声を挙げても、誰もお母さんたちは気付かないのではないかと思うほどの奇声であった。
 そんな公園で楽しく遊んで、
「じゃあ、明日また学校でな」
 と言って、別れたのは、すでに西日が遠くの山に姿を隠そうとしていた時だった。
心地よい風に吹かれながら、汗ビッショリになっていたので、熱い身体を冷え切らせるくらいに冷えてくるのを感じた。実際には気持ち悪いのだが、今日が初めてだというわけでもなく、気が付けば次第に汗も乾いてくるというものだ。
 そのうちに、風も感じなくなる。子供たちは知らないことだが、夕凪という時間帯である。
 言葉は知らなくても、
「風が止む時間があって、見えているものの色が分からなくなるというそんな不思議な時間帯がある」
 という意識は、意外と子供は結構感じているようだ。
 逆に言葉は知っているが、その言葉を知った時から今までに、そんな夕凪の時間に遭遇した意識はない。夕方の都会には夕凪はあっても、それを感じさせる余裕がなくなってしまったのだろう。
 夕凪という時間を自覚しながら歩いていると、身体のだるさからか、足元を気にするようになった。足元から伸びる果てしない自分の影が、壁に沿うようにして歪に揺れ曲がっている。
 そんな様子を見ながらマンションに帰ってくると、急にマンションの入り口から倒れ掛かるように出てきた男の人を見た。その人は大人で、何か後ろから追いかけてくるかのようにしきりに後ろを気にしている。腰は砕けていて。腰が抜けたのではないかと思うほどだった。
「どうしたんだろう?」
 と思い、近づいてみると、そこにいたのは見覚えのある大人の男性。
 少し小太りで、まるで作業服のようなものを着ているが、この人は後ろばかり気にしていて、
「何かに怯えているのかも知れない」
 と子供が見ても、そう思えるような一目瞭然と言った感じだった。
 さすがに少年もその様子が尋常ではないことに気付いて、思わず隠れてしまった。まさか声など掛けられる雰囲気でもない。自分が大人であっても、きっと同じだったに違いない。
 そう思うと、少年も次第に膝がガクガクしてくるのを感じた。
 少年がその男性を見ていると、どうやら、その男性が見たことがある人であると気付いた。しかし、だからと言ってホッとしたわけではない。却って不気味な感じがした。何しろ他の人はおろか、その人のそんな表情を初めて見たのだからである。
 腰が抜けた様子のその男性は、顔を見ると、まだまだ怯えが収まっていない。それどころか、何をどうしていいのか分からず、オタオタしている。こんな時、少年はどうすればいいのか、戸惑うしかなかった。
 すると、ちょうどよく知っているおばさんがいたのを見かけた。そのおばさんはいつもニコニコしているが、いつもグループのまとめ役になっているのは、少年くらいの子供であっても分かった。
「どうしたんだい?」
 と少年の様子が尋常でないことに気が付いたのだろう。
 穏やかに話かけたつもりだったおばさんも、どこか緊張しているようだった。
「あ、あれなんだけど」
 と言って、少年は慌てて腰を抜かしている男を指差した。
「あら、あれは管理人さん」
 と言って、おばさんは管理人を見て、今度は落ち着いたようだ。
 だが、様子が変なのは分かり、また緊張したが、そこは大人同士、子供相手の質問とは明らかに違っていた。
 おばさんは、管理人に近づいていき、少年も恐る恐る後ろからおばさんについてくる。
「どうしました、管理人さん」
 とおばさんが声を掛けると、最初ビクッとした管理人だったが、そこにいたのが頼りになるおばさんだと気が付いたので、少し顔色もよくなってきた。
「いや、実は」
 と言おうとすると、後ろに少年がいるのを見ると、管理人は口を閉じてしまった。
 それを見て、おばさんが気を利かせて、
「坊や、ごめんだけど、おうちに帰っていてくれるかい?」
 と言って、少年を家に帰らせた。
 どうせ、家でこのことを家の人にこのことは話すだろうから、そのうちに誰か大人が出てくることになるだろう。それはそれで仕方のないことだと思った。
 少年の姿が見えなくなったのを見ると、おばさんは再度聞いた。
「本当にどうしちゃったんだい?」
 と聞くと、
「ひ、人が死んでるんです」
 と絞り出すように言った。
「えっ」
 さすがに少々のことは驚かないつもりだった奥さんだったが、人が死んでいるとなれば話は別だ。
「どこですか?」
 と言って、管理人をせっつくように彼に案内させた。
作品名:猟奇単純犯罪 作家名:森本晃次