猟奇単純犯罪
そんな桜子だったが、ある日、出勤のない日であったので、家でゆっくりしようと思っていた。最初こそ、
「夫にバレたらどうしよう」
という気持ちのまま、お店に勤めていたが、今のところ見つかることもなく、お店の人もお客さんもいい人ばかりなので、安心していた。
それよりも想像していたよりもたくさんのお給料がもらえていることで、自分もお金を稼いでいることに喜びを覚えた桜子は、気持ちに余裕ができたことで、家にいても、ただじっと何もしないでいるのがもったいなく感じた。
そのおかげか、この間お店にいく途中で見かけた花屋さんに、まだ時間に余裕があったこともあって、ちょっと覗いてみたが、
「今までどうしてお花に興味を持たなかったのだろう」
と思うほど、綺麗な花に感動していた。
「いらっしゃいませ」
と言ってくれるお店の人も気さくで、本当であればいろいろもっとお話を聞いてみたかったが、
「すみません、ちょっと今日はこれから用事がありますので、また後日」
と言ってその日は後ろ髪を引かれる思いで、店を後にした。
だが、お花への思いはどんどん深くなっていく一方で、お休みの日が待ち遠しかった。お店に行くのもそれなりに楽しいが、一人で何かに勤しむという楽しみを見つけれたことが自分には嬉しかった。
「そういえば、あの人は絵を描くのが好きだって言っていたっけ」
そう、旦那の幸助のことだった。
一人で何かができるという趣味を持ちたいと思っていたので、絵を描くというのを聞いた時は羨ましく感じられた。
やっと休みになると、その日は旦那をいつものように送り出すと、自分もそそくさとお出かけの支度をして、飛び出すように家を出た。言わずと知れたこの間のお花の店に赴くためだ。
お店の人といろいろお話をしていると、
「だったら、ベランダにプランターを置いて、家庭菜園なんかどうですか? ちょっとしたものであれば、ベランダでいくつか栽培できて、それをおいしくいただくというのは、二重の楽しみですよ」
「それもそうね。お花だけだったら、枯れてしまうと、もう何も残らない気がするけど、家庭菜園なら、自分のお腹の中に収まるという意味でも、とっても楽しみな気がしてくるわ」
と言った。
これだと、野菜があまり好きではないと言っていた旦那も、気分を変えて食べることができるかも知れない。これは一石二鳥ところか、三鳥にもなるかも知れないと感じた。
家庭菜園になりそうなものと、プランターを購入し、あとで届けてもらうことにした。
「うちは、配達もしますからね」
と言っていたのが嬉しかった。
さっそく、ベランダで家庭菜園を作ってみたが、集中してやっていると、気が付けばもう夕方近くになっていた。
「あら、もうこんな時間」
と思って、夕食の準備を考えていたが、
「あら?」
何か、違和感を覚えた気がした。
普段と何かが違う。それが何か分からない。気持ち悪い気がしたが、
「これは気のせいかも知れない」
と思う方が明らかに信憑性があり、誰もが感じるであろう、気のせいを感じていた。
だが、静かな部屋で身体を動かさずにじっとしていると、何か機械が動いているような音である。
「ジー」
という音であるが、冷蔵庫でもないし、他にピンとこない。何よりも今日気付いたのだから、時計に気になった。一体何の音であろう。
実は、この間、夫婦はちょうど休みの日が重なったことで、(桜子は基本的に旦那が休みの日は、お店にはいけないと最初から断っている)一泊だけ近くの温泉に旅行に出かけた。そのことは管理人さんにだけ断っていたが、それ以外の人は知らないだろう。この音が最初に気になったのは、旅行から帰ってきてからのことで、気になったと言っても、あの時もすぐに気のせいだと思い、それ以上深く考えなかったのである。
その日も、桜子はそれほど気にしなかった。理由の一つは、耳鳴りだと思ったからで、静か過ぎる部屋の中にいたりすると、
「ツーン」
という音がしてくることは今までの経験からもあり、それが静かすぎることで耳の鼓膜を風などが刺激した時に聞こえる、普段は気にしない音が機械音のようなイメージできこっることがあるという意識があったからだ。
もう一つの理由としては、その日せっかく自分の趣味を見つけ、
「何かを始めよう」
という気になった記念すべき日、自分でも興奮していることから、聞こえるはずのない者が聞こえてきたかのような錯覚に陥ったと思ったのではないだろうか。
肉体的にも精神的にも普段聞こえないような機械音が聞こえたとしても納得のいく理由があるのだから、変なことを気にしてせっかくの時間を無駄にはしたくないと思い、気分は楽天的になっていたのだ。
だが、機械音はそれからもずっとしていたのだが、桜子が気にすることはなかった。家にいる時は、結構せわしなく動く回っているので、その音に気が付くことはなかったのである。すでに気にならないという思いが頭に芽生えていることで、音がしたとしても気にはならなかっただろう。そういう思いもあって、聞こえていたかも知れないことも、聞こえないということで片が付いていた。
だが、実際にはその音は、見えているかも知れないがまったく気づかないところに設置された盗聴用のカメラの音であり、そのすぐ近くのやはり目立たないところには、超高性能で、ごくごく小さな収音マイクが設置されていたのだ。
設置されていることも知らないわけなので、誰がそんなものを設置したのか、誰も分かるはずもない。しかし、冷静に考えれば分かりそうなものだが、なぜその人がこの部屋に仕掛けたというのか、この時点では、まったく分からなっていなかった……。
死体発見
それから何日が経っただろうか。
桜子は、ひろ子やママさんとの約束の日までのキャストとしての仕事を無事にこなし、やっと解放される時がやってきた。解放されると言っても、それは桜子に選択の機会がやってきたことであって、
「明日から辞めてしまうか、それとも、このまま続けるか」
という選択肢であった。
ママとひろ子は強硬に勧めた。
「せっかく人気が出て、ファンになってくださるお客様も増えてきたのに、もったいないわね。私はあなたのような明るい性格の方が、こういうお仕事は似合いそうな気がするのよ」
とママが言った。
「そうよね、もも子さんはあざとさのようなものが感じられないから、お客様に人気があるのよ。私たちにはないものだわ」
と、ひろ子はお世辞なのか、そう言って寂しそうな素振りをした。
そう言ってくださるのは本当に嬉しいんだけど、お話は今日までだったのと、そろそろおうちのこともしないと、旦那にバレでもしたらことなので……」
と言って、丁重にお断りした。
ただ、実際には後ろ髪を大いに引かれた。本心は続けたいという意識の方が強い。せっかく自分の居場所のようなものを見つけたという思いもあり、誰にも言っていないが、少し気になる客がいるのも事実だった。