猟奇単純犯罪
「ああ、そうなんですよ。僕も確かにあなたの視線を感じる前は、絵を描こうと思って遠くを見ていたので、視点が定まらなかったのは、それが原因だったのかも知れないと思っています。あの日は、綺麗に晴れ上がっていたので、遠くに見える湖畔の向こう岸が気になっていたので、知らず知らずのうちに、視線が遠くになっていたんでしょうね」
と言った。
別に言い訳をしたわけでもなく、自分なりに彼女の話と自分が感じたことをベースに考えたらそうなっただけで、彼女の方も何か話をしていてぎこちなく感じられたのは、やはりあの時、どうしてお互いに話しかけなかったのかということを自分なりに整理できていなかったからだ。
「これで三度目の対面となるわけですが、覚えていらっしゃいますか?」
と幸助がいうと、
「ええ、一度は就職活動の時でしたよね。あの時は、またどこかでお会いできるような気がしていたので、インパクトを持っていていただこうと思って、思わず声を掛けたんですよ」
といった。
そんな彼女が本当に好きになったのは、それから何度目のデートであったろうか。最初から好きだったはずなのに、どんどんまだまだ好きになっていく。
「このままいけば、もう離れられなくなる」
と思った時、急に彼女の方から別れを切り出してきた。
「どうして?」
と聞くと、
「私、運命だと思っていたの。それだけだったの」
と言われてしまった。
忘れてしまった時期があったのは事実だが、それ以外は彼女のことをずっと気にしてきた。運命だと思ってきたのは自分も同じだった。しかし、そお運命という言葉を自分だけで使い、しかもそれを言い訳にして自分と別れようとするなんて、少しひどい。
しかし、惚れてしまった者の弱みとでもいうか、彼女をどうしても諦めきれない気分になってきた。
今でも、
「一番好きになった女性は彼女だったんだ」
と思うくらいで、その彼女がいきなり自分の前から姿を消すことになるのだ。
だが、考えてみれば、言い訳であっても、ちゃんと理由を言ってくれたのはよかったのではないか。普通なら何も言わずに会うことをやめてしまったりされることもあるだろう。実際に今まで付き合っていた女性の中にもいた。
――彼女はそんなことをする女性はない――
と思ったが、それは自分が女性を甘く見ていたからではないだろうか。
今までに一時期に複数の女性と付き合ったことを棚に上げて、いくら彼女と付き合っている時は彼女だけだと思っていたとしても、今までの自分の素行がバレなかったと言い切れるだろうか。
幸助の態度から察したのかも知れないし、ひょっとすると他の誰かから話が漏れたのかも知れない。彼女の友達に幸助がかつて付き合ったことのある人がいたかも知れない思うのは無理な考えであろうか。
幸助は桜子と付き合い始めて、今まで付き合った女性ということで、四年生のその時に付き合った人だけをあげた。それまで複数の女性と交際していた時期は、短すぎたのと、複数との関係は、まだ手探り状態だったので、本人は付き合ったという意識を持っていたわけではなかった。
幸助の頭の中で、付き合ったおが「運命」を感じた彼女だけだったと思ったのは、自分の極端な感覚が、たぶん理解してもらえないかも知れないと思ったことと、
「運命を感じた女性とうまく行かなかったのだから、他の女性とうまく行くはずなどない」
という思いとが、交差していたからなのかも知れない。
とにかく、この頃からの幸助は、女性との交際では特に、自分のことを棚に上げて、下手をすれば、悪いことであっても、忘れてしまうとこころがある。
彼の性格は、真面目なところと、他人が見て、決して真面目ではないと思うその境目が曖昧だった。そのせいもあってか、急にカッとして怒り出してしまったり、我を忘れるというくせがあった。
このことと、自分のことを棚に上げる性格が、今後幸助にどんな運命を与えるか、その時はまだ分かるはずもなかったのだ……。
盗撮
マンションに引っ越してきてから、専業主婦としても慣れてきた桜子を、ある日一人の近所の奥さんが尋ねてきた。隣ではないのだが、同じ階の数部屋離れた家の奥さんだった。
その奥さんは、桜子よりも少し上だったのか、いつも気さくで、挨拶も欠かさずしてくれる人だったので、少し心を許している相手であった。
彼女の名前は神崎ひろ子さんと言った。旦那との間に子供はおわず、それは桜子のところと家庭環境は似ていた。神崎家の方も、
「まだ子供はいらない」
と旦那が言っているらしく、奥さんの方もそれならそれでもいいと思っているのか、別に子供がほしいとは言わなかった。
逆に近所の奥さん同士で子供の話題があがると、どこか暗い雰囲気になり、まわりの奥さんたちも、我を忘れて話をしていても、そんな雰囲気をぶち壊してしまうほどに、まわりへの影響が大きなイメージの奥さんだった。
それだけに、この人から何かを頼まれたら、嫌とは言えないという雰囲気を醸し出していたのだ。
「お願いがあるんだけど」
と彼女は桜子に切り出した。
普段気さくな奥さんが、何か奥歯に何かモノの挟まったかのような言い方をするのだから、よほどのことに違いない。難しいことなのか、それとも桜子を見込んでのことなのか、表情は真剣というよりも、申し訳なさそうな顔になっていることから、金銭的なことや、それほど厄介な問題ではないような気がした。
厄介な話であっても、彼女の雰囲気からは、
――断られるかも知れない――
という雰囲気があり、もし断られたとすれば、それも仕方のないことなのかも知れないと思っているのだろう。
桜子が身構えてその話を待っていると、
「実は私、夜時々なんだけど、キャバクラでアルバイトしているのよ。そこでね、急遽辞めなければいけない女の子がいて、その代役を一時期だけでいいんだけど、お願いできる人がいないかって思っていたの」
桜子はそれを聞いてビックリした。
――このシチュエーションは初めてではないわ――
と感じたからだ。
あれは、大学の時、友達の塩塚りえに誘われて一日だけ体験入店した時だった。もうすでにあれから何年経っているのか、記憶にはあったかも知れないが、無理に思い出すことでもなかったということと、思い出す必要などまったくなかったという思いとで、封印していた記憶をまた引き出しから引き出すことになるとは思ってもみなかった。
「どうして、私なの?」
と一番の疑問をぶつけると、
「桜子さんは、男性好みする顔だと思うの。それにあなたは、どこかキャバクラに似合っていそうな気がしたの。一種の女の勘というやつなんだけどね」
と言って、苦笑いをした。
ただ、その時ひろ子は桜子の中に、どこか変態プレイを好む性質があることを分かっていたようだったが、それを口にすることはなかった。最初に彼女に目を付けた理由はそこにあったのだ。
だが、それを差し引いて、額面上そのまま受け取った桜子は、
――私はそんな風に思われていたのか――
と感じた。