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猟奇単純犯罪

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 と思ったが、気のせいだと思うには、あまりにもリアルな感じがした。そう思ってスケッチブックを膝の上に置いて描き始めたが、それからどれくらいの時間が経ったのだろうか、視線を感じてふと鉛筆画止まってしまった。時計を確認すると、結構な時間が経っていると感じたのは、目の前の絵が思ったよりも完成していたからで、時間の感覚がマヒしていて短く感じられたということは、それだけ集中して描いていたという証拠なのかも知れない。
 確かに腰も痛くなってきた気がする。ずっと就職活動をしていたので、趣味をする時間がなく、ずっと面接などで出払っていたこともあり、じっとする時間がなかったことが、余計に身体を緊張させるのかも知れない。
 背中に突き刺さるような視線を感じたが、その視線が強すぎて、目を移すことができなかった。それを腰の痛さとして言い訳することは難しい気がする。
 だが、視線を確認しないわけにはいかない。まさか、後ろを振り向いて、誰もいないなどというホラー系の結末が待っているかも知れないなどと、おかしなことを考えたりもした。
 視線を感じた瞬間、振り向けなかったことが、これほど後ろを振り向かせるのに、躊躇することであろう。思いもよらないことだった。
 だんだんと視線が強くなってくる気がする。そう思うと余計に後ろを振り向くことができなくなり、視線だけを感じていると、背中が熱くなってくるのだった。
 だが、さすがに少し慣れてくると後ろを振り向くこともできそうになり、今度は瞬間を捉えなくても振り向けるような余裕があった。余裕に任せてゆっくりと振り向くと、そこには一人の女性がこちらを見ているのを感じた。
 彼女は幸助が振り向いたことを意識して視線を逸らせるようなことはなかった。むしろ振り向いたことを意識していないほどに顔はこちらを向いているのに、目だけが幸助の身体を通り抜け、その向こうを見つめているような気さえした。
「あの」
 と、幸助は思わず声を掛けた。
「はい」
 彼女は分かっているようだ。
「どこかでお会いしたことありましたよね?」
 まるでナンパの常套句のようだが、それは本心だった。
 しかも相手も幸助に見覚えがあるようで、
「お久しぶりです」
 と声を掛けてくれた。
 そう言われても、幸助は初めてではないという意識はあったが、いつどこで会ったのかということまでは、すぐに思い出すことができなかった。逆にすぐに思い出すことができなかったことで、思い出せそうな気がしたのだが、特に深い理由があったわけではない。自分のことを分かってくれている人がいて、その人も思い出してくれるのだと思うと、自然と自分も思い出せるような気がしたからだった。
 この時一緒に感じたのが、
「運命」
 という言葉だった。
「無意識であれば偶然と言えるが、それを意識してできたのであれば、それはもうすでに偶然ではなく、運命というものではないか」
 というのを思い出したからで、背中の視線を感じてからずっと意識していたのですぐに後ろを振り向くことができなかった。
 しかし振り向いてみると、そこにいたのは懐かしい顔、すぐに思い出せなかったのは、運命だと感じたからなのかも知れない。
 そう、彼女の顔には確かに見覚えがあった。就職活動の時に声を掛けてくれた彼女だった。
――どうしてすぐに思い出さなかったのだろう?
 そう思ったのも当たり前のことだが、思い出せなかったわけではない、ひょっとすると、再会を元から意識していたからなのかも知れないと思った。
 再会できると思ったから、彼女のことを別の意識が覚えていたということも言えるかも知れない。
 記憶の中にはいくつかの倉庫のようなものがあり、中には封印してしまった記憶の置き場所もある。後になって必ず思い出すという確信はないが、根拠のようなものがあって、その思いだけを格納しているような場所である。
 格納する脳の場所は、人によってまちまちであり、中にはそれを意識できる人もいるかも知れない。
 だがほとんどの人にはそれを意識することはできないだろう。意識するということは脳の場所によって、身体の反応する部分も理解できるということでもあり、意識と理解が相互反応していると思うのではないだろうか。
 ただ、この運命という感覚も、偶然では片づけられない上場現象的な発想が意識として理解できれば、それは運命を受け入れるだけの体勢が整っていると言っていいかも知れない。
 幸助はその時、自分の頭がどうかしてしまったのではないかと思うほど、頭の回転が早かったような気がする。それは自分が運命だと考えていることに必然性を感じ、確信の気持ちとして言い聞かせるには、それだけ考えなければいけないと思ったのだ。
 だが、本当に自分に言い聞かせなければならないものであろうか。相手は無意識にこちらを見ているだけで、ただ視線の強さを感じるというだけである。別に自分に対して意識をしているわけではないかも知れないと思ったのは、彼女の視線が自分よりもその後ろを見ていたからだった。
 前を見ていると、自分も彼女の後ろに何かを感じているような気がした。別に彼女が自分の後ろを意識しているから、自分も後ろを見たというわけではない。だが、お互いに意識しないつもりで意識をしていると、まわりに気配があろうがなかろうが、二人だけの世界であることに違いはなかった。
 実は彼女は同じ大学だった。その後大学キャンパスで、ばったり出会うことになるのだが、その時にも同じようにまわりをまったく意識しないという感覚を思い出したのだ。
 どうやら彼女も同じことを感じたようで、大学では彼女は話しかけてくれた。湖畔も景色を見ながら絵を描いている時、出会ったその時、二人は会話をしたわけではなかった。お互いに自分の後ろを見ていたということで、会話にならなかったと言ってもいい。
 だが、会話をしなかったのは、
「同じところにいるのだから、明日にでも遭えるだろう」
 という思いがあったわけだが、それから一週間もいたのに、彼女と出会うという機会はなかった。まったく影のように消え失せてしまったという感じである。
 それなのに、半分忘れかけていた相手を大学のキャンバスで見かけた。最初に見つけてくれたのは彼女であり、あの時お互いに話ができなかったことを、彼女の方でも悔やんでいたようだった。
「私もあの時、どうして話をしなかったのかって、後から思うと感じたんです」
 と彼女が言い出すと、
「それは僕もずっと思っていました。あなたが、私の後ろの方に視線を感じておられるようだったので、最初は誰か僕の後ろにいたのかと思いましたが、そうではなかったようですね」
 というと、
「ええ、それは私も同じです。あなたは、私の後ろを見ているような気がしたので、自分の後ろを意識したくらいなんですが、私はあなたが私の後ろを意識しているのが分かりました。そして、その意識を感じたからこそ、最初自分の後ろを意識して、すぐに前を向いたので、その時、私は遠近感がうまく取れずに、あなたの後ろを見るような感覚になったのかも知れませんね」
 と言っていた。
作品名:猟奇単純犯罪 作家名:森本晃次