猟奇単純犯罪
自分の成績や、まわりが見るレベルから考えると、決して成功と言える就職活動ではなかったかも知れないが、まったくの失敗でもなかったという意味では、それなりによかったような気がした。何が悪くて何がよかったのか、後で反省をしてみる気にもならなかったので、あまり考えることはしなかったが。安心すると、他で内定をもらった友達と、一緒に食事に行こうと誘われた時、別に断る理由のなかったので、ごく簡単にオーケーを出した。
中華料理のバイキング形式のお店で、バイキング専門のお店ではなく、少々高級に思えていたお店が、百貨店の催しとしてバイキング形式を試みるというものだった。
「普段バイキングをしない高級店なので、ひょっとすると他の食い放題の店と違って、本当においしいかも知れないぞ」
と言われて、幸助もその気になって店に行ってみる気になった。
それが、まさかの再会を及ぼすとは思っていなかったので、自分でもビックリした幸助だったのだ。
運命
それまで幸助は、
「運命」
などという言葉を信じたことはなかtた。
運命などという言葉は、後からこじつけてつけるものだと思っていたのだ。
それは神様を信じられないというレベルのものに似ている。彼が神様を信じられなくなったのは、高校生の頃のことだった。
大した理由があったわけではない。信じられなくなった神様の方が気の毒なほどの理由であるが、あれは、友達から誘われた宗教団体の集会があった時のことだった。
人から誘われると、とりあえずはいってみることにしていたその頃の幸助は、実際に下心がなかったとは言えない、
それまで女の子と話をするなどということは皆無に近く、そういう集会だったら違和感なく話ができるのではないかという多いがあったからで、実際に集会に参加してみると、話をしてみたいと思う女の子が結構いた。
相手も幸助のことが気になるようで、それは自分も人と話をするのが苦手で、こういう場所であれば話せるかも知れないという思いがあったからだろう。
女の子の中には積極的に話しかける子もいたが、半分以上は誰とどのように話していいのか戸惑っているようだった。友達が自分の友達を紹介するようなこともあったが、話が弾むようなことはないようだった。基本的に話題が噛み合わないのだろう。
それとも、
「こんな話をすれば、引かれてしまうかも知れない」
という思いが強いのかも知れない。
だが、そう思っている女の子ほど、本当にカルトな話題にしか反応しない女の子であり、男性に引かれてしまうのは仕方のないことかも知れない。
それでも、そんなことは分からなかった当時の幸助は、果敢にも一人の女の子に話しかけてみた。彼女の態度は正直、幸助の好きなタイプのリアクションであったが、やはり話がどうしても噛み合わない。そのうちに話しかけた自分が悪いのではないかと思うようになり、その感覚が彼女に伝わったのか、今まで話をしていたかと思うと、急に無口になっていった。
――まずい――
と思ったが、どうしようもない。
それ以降、会話が続くわけもなく、彼女の顔が次第に青ざめていくのを感じた。その雰囲気は過呼吸にでもなっているかのように、息切れしているのが感じられた。今にも倒れそうである。その様子を見ていた他の女の子が急いで飛んでくると、わざとなのか分からないが幸助を突き飛ばすようにして、そのことに謝罪など何もなく、目の前の女の子を助け起こそうとする素振りを見せた。
「大丈夫?」
と声を掛け、その雰囲気は尋常ではなかった。
まったく幸助の存在はないものにされて、ただオタオタしているだけの幸助は、その場から消えてなくなりたかったくらいである。
「ええ、大丈夫よ」
と、何とか意識を取り戻した彼女は、やはり気を失っていたようだ。
二人はそのまま奥に入り込み、その時、幸助のことをまったく見なかった。幸助の方とすれば、
――一体何が起こったんだ?
としか思えず、その場から離れて行った彼女たちを目で追いながら、自分がその場にいるという意識すらなくなってくるくらいだった。
幸助を連れてきてくれたやつは、その場にはおらず、どこか別のところにいたようだ。本当はそいつを探して、この場をどうするか相談するのが当然のことなのだろうが、何もかもが嫌になってしまった幸助は、その場から何も言わずに帰ってしまった。友達にメールも電話も入れることなくである。
もっとも、この会場では、携帯電話は電源を切ることが決まりとなっていたので、すぐには連絡はできなかっただろう。それでも後で見れば分かるようにしておけばよかったのに、それもしなかった。友達として重大なルール違反であったことに違いはないだろう。
友達を放って帰ってきてしまったことで、友達とはそれ以降疎遠になってしまった。そいつから他の友達に話が漏れたのだろう、一時期、幸助はクラスの中で浮いてしまった。
元々目立つ方でもなかったので、それほど気にすることではなかったのだが、連れていかれたところが、どうも新興宗教の布教道場のようなところだったので、友達からいじめに遭ったり、ひどい目に遭うことがなかったのは幸いだった、
神様をそんなことで信じられなくなったというと、お門違いな気もするが、もし神様がいるのだとすれば、彼女が意識を失うなどありえないと思ったのだ。
それ以来、神様だけではなく、運命という言葉も信じられなくなった。その思いがあるから、本当に女性を好きになることもなく、同じ時期に複数の女性と交際するなどということができたのかも知れない。
一人の時間を三年生の頃に持つことができるようになると、そんな自分が小さな人間に思えてきた。別に大きな人間にならなくてはいけないとまでは思っていないので、小さくても別に困ることはないと思っていた。
就職活動も何とかうまく行ったのは、少し自分が大人になれたからではないかと思ったが、そう感じると、気持ちにどこか余裕のようなものが出てきたことに気が付いた。何をもって余裕というのかが分からなかったが、
「何となく自分が感じていることが現実となって起きるのではないか」
と感じるようになったからである。
大学生としていよいよ最後、もう遊ぼうという学年ではない。就職も決まり、あとは卒業を待つばかりである。まわりの皆は、友達同士で卒業旅行などを計画しているが、幸助にはそんな相手もいない。大学在学中に友達はたくさんできたが、どのグループに属するということもなかった幸助は、中途半端であるために、誰かから誘われるということもなかった。
「久しぶりに、一人であの湖に行ってみるか」
と思い立った。
あの湖というのは、最初に絵を描こうと思って赴いたあの湖である。あそこでは何とか一枚の絵を描きあげたが、自分で満足のいくものではなかった。もちろん、初めて描いた絵だということで思い入れはあるのだが、もう一度うまくなってあの場所で絵を描いてみたいという思いを持っていた。
絵がうまくなったかどうか自分ではよく分からなかったが、あれから一年以上経っているわけだし、就職も決まったということで精神的な余裕も感じられることで、