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猟奇単純犯罪

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 釣り糸を垂れていると、なるほど、浮きが軽くではあるが浮き沈みした際にできる波紋が年輪のように見えてきて、切り株を思うように感じた。
「海にいるのに、山を思い浮かべるなんて」
 という思いから、頭の中では不思議な感覚が浮かんできた。他の場所にいるのに、思い出すのは決まっているという感覚。それが釣り好きの人にはあるのだと思うと、何かを考えるということも、最終的に一か所に戻ってくるように感じると、何が楽しいのか分かった気がした。
 かといって、釣りがそんなに単純なものだとは思えなかったので、そのまま趣味として続けることにしたのだが、釣りだけでは満足できない何かが感じられた。それは、
「何かを作る」
 という感覚が釣りでは味わえないと思ったからだ。
 幸助は小さい頃から何かを作ることへの創作というものに造詣が深かったのである。特に芸術的なもの。絵を描くのも一つであるが、小説やポエムなど、その時々で興味を抱くのだが、やってみるところまではいっていなかった。
 ただ、絵画に関しては、以前からやってみたいという意識はあった。本当は小学生の頃から美術の時間が嫌いだった。なぜなら、
「汚れるのが嫌だ」
 という思いがあったからだ。
 特に絵画などは、学校の外に首からぶら下げる木の板に画用紙を敷いて描くというのをしていたが、いつも絵の具塗れになって、それが嫌だった。
 別に綺麗好きというわけではないが、自分が不器用なだけで汚れてしまうことを、自分のせいだということを意識として持たなかったからである。
「図工や絵画なんて授業がなければいいんだ」
 という思いが先に立っていて、それだけわがままだったとも言えるのだが、そう最初に思ってしまうと、その後絵画に興味を持ったとしても、やってみようと考えることはなかった。
 それは性格的に、
「一度思い込んだら、ブレることはない」
 というものがあったからだ。
 それはいいことに違いはないが、自分を成長させるという意味ではマイナス面が大きかったのかも知れない。
 だが、大学三年生になり、釣りにも出かけるようになると、汚いことへの抵抗はいつの間にかなくなっていた。絵具と釣り餌などでつく汚れのどちらが気持ち悪いかといえば、比較にならないほどであることから、却ってこの二つを結び付ける感覚がなかったのだ。
 だから、釣りを趣味にしている時に、一緒に絵画をしてみようという思いにならず、釣りに対して嫌いになったわけではないが、飽きを感じてくるようになると、それまで頭の中で燻っていた、絵画というものが急にクローズアップしてくるようになったわけである。
 絵画をするにも、どこか静かな自然あふれるところで何を描くかということを考えてみた。
 今までの釣りはすべて海釣りだったので、もう海はいいという思いに至っていた。そうなると山になるか、それともどこかの高原になるか、それを考えるようになった。
 山奥というよりも、そこか森の中にある湖畔が頭に浮かんできた。ちょうど自分の部屋に飾られているカレンダーを見つめていると、そこにはちょうど、遠くの方に山が見えていて、少し近づけば森に囲まれている。その中央には湖がまるで太古の昔からまったく風景を変えずに佇んでいるかのように見えるのだった。
 それを見た時、
「ここだ」
 と思った。
 さすがにカレンダーに描かれている場所が分かるわけではなかったので、そこに近い場所ということで探してみることにした。図書館や旅行会社のパンフレットなどを見たり、旅行センターで聞いてみたりした。今までであれば、自分から旅行センターに入って、実際に話をするなど考えたこともなかったが、話をしてみると結構話す内容もあって、充実していたような気がする。ちょうど、そういうリゾートに詳しい人がいて話を聞くことができ、大いに興味を持ったので、
「ちょっと検討してみます」
 と、前向きに考え始めた。
 実際にその場所への興味が薄れることもなかったので、自分の中で変わるはずはないと思っている気が変わらないうちにということで、その場所に行ってみることにした。
 絵画の道具はそれなりに揃えていた。そこまでかさばるものでもなかったのはよかったと思う。
 絵画を目的にやってきた高原のような場所だったが、大きな池に浮かんでいるボートを見ているだけで、創作意欲が湧いてくるという心理状態の方が不思議な気がした。実際にキャンバスを広げてプロの絵描きにでもなったかのようなやり方が、幸助には向かなかった。どちらかというと、ひっそりと描きたいというイメージがあり、上手でもないのに、まるでプロのように見られるのは嫌な方だった。
 そのくせ、注目を浴びたいタイプだということに気付いたのも、実はこの時で、ちょうどその時、数組のレジャーを楽しみにきていた人たちがいたが、絵を描く人が自分だけしかいないということに、悦に入っていた。
 家族連れもいれば、カップルもいた。都会で見ればただそばを通り過ぎるだけの人たちなのに、こうやってそれぞれの存在感を強く示すことができているのも、壮大な自然環境が、そうさせているのではないかと思えた。
 絵を描くことに関してはまったくの素人で、まずどこに筆を最初に堕としていいのかすら分からない。しかし、筆を落とさないわけにはいかないので、あくまでも感性で落としてみた。
「最初からプロのようなうまい絵が描けるわけではないので、最初はいろいろやり方を自分で試してみようという気持ちでやればいいんだ」
 と考えていた。
 その思いがあったので、最初にどこから描き始めるかということに悩むこともなかった。今回は左端から描いてみようと思ったのだ・
 絵画の感覚、つまり画用紙を埋めていくという感覚は、自分の意識の中で、将棋という競技と、ジグソーパズルという遊びに似ているような気がした。
 将棋というのも、最初にどこから動かすかというのが一番の肝になるものだということを聞いたことがあったからで、ジグソーパズルも同じように最初が肝心だという思いと、もう一つは、最後になればなるほど難しいという感覚である。
 最後になってピースが残り少なくなってくると、
「一つ間違えればうまくいかない」
 という思いが残るからで、それは双六にも同じことを感じた。
 最後にうまくゴールに入るだけの数字を引かなければ、行き過ぎて戻ってきてしまうのだからである。
 そんな幸助だったが、三年生の間は、釣りと絵画に嵌ったのだが、それまでに感じたことのなかった充実した一年を過ごせたという気分になっていた。
 四年生になると、少し趣味は封印して、就職活動に勤しむようになった。成績には自信があったので、何とかなるだろうという楽天的な発想を持っていたのは事実で、少し調子に乗っていたのも事実であった。
 最初は少々の大手企業も視野に入れながら就職活動を行っていたが、思うようにいかないというのが実情だった。
「こんなものなのか?」
 と自分に疑問を持ち、少し自信喪失していたのだが、地場大手企業などから少しずつ内定がもらえるようになると、少し安心できてきた。
作品名:猟奇単純犯罪 作家名:森本晃次