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短編集90(過去作品)

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 歩きながらいろいろなことを考えていて、気がつけば家の近くまで来ていたというのがいつものことなのだが、それも勝手知ったる道だからであろう。その日はいつもと同じ道を歩いているつもりでも、どこかが違うと感じていたから、時間的な感覚が鈍ってしまっていたのかも知れない。考えごとというよりも、目の前に見えていることが普段と違っていることで、余計なことを考えてしまったに違いない。
 余計な考えはさらに加速していくように思える。
 まっすぐに歩いていて距離感もいつもと変わらないのだが、なかなか先に進んでいないような感覚に陥った。
 まるで夢の世界のようである。
 いつもと同じ道を歩いているつもりでも、なかなか目的地につかなかったり、見えてくるはずの目印が見えてこなかったりすることを感じると、たいていは夢だったりするものだ。
 以前に見た夢で、一直線に繋がっている道を待ち合わせるために双方から歩いているにもかかわらず、出会わなかったという夢を見たことがある。それも同じ夢を再度見たのだった。いつだったか覚えていないが、時期的には近かったのではないだろうか。記憶の奥に封印されていたものが、その日に次々と思い出されてくるようである。
 歩いていて足に重たさを感じてきた。やはり、普段よりも長い距離を歩いているような気がしてならない。
 タバコ屋の角を曲がってから家までは、最後に角を曲がることになるが、どちらも、同じような光景を見ながら曲がることになる。
 最後の角に差し掛かった時には、先ほど感じた足の重たさは消えていた。家が近づいてきて、最後の力を振り絞ろうと思ったからではないだろうか。
――いよいよ近づいてきたな――
 いつもこの角を曲がる時には考える。それまでに考えごとはいつも終わっている証拠であった。
 角を曲がって正面を向く。
――おや? どこかが違っている――
 最初はその程度にしか考えていなかった。どちらかというと、家のある通りは道が広いが、住宅が密集しているところである。最初にここに父親が家を建てた時は、まだ新興住宅地として、開発も中途半端な時期だった。当時としては一番いい立地条件だったらしいが、今となっては、一番最初にできたということで、老朽化の目立つところでもある。
 住宅街における最初の目玉として区画整理されただけに道は広く作られているのだ。車の往来も多く、住宅地の奥にある案内所に繋がっているのもこの道である。
 しかし実際に曲がってみると最初に飛び込んできた光景で感じたことは、
――明るすぎる――
 ということだった。この明るさはつい先ほど感じたものだ。そう、さっき通り過ぎたばかりの公園の明るさである。
――また戻ってきたのかな――
 そんなバカなことは考えられない。頭が混乱していた。
――夢でも見ているのではないか――
 頬を抓ったが痛い。
 頬を抓って夢かどうか判断するなど、やはり信憑性のないことではないかという、他愛もないことを真剣に考えていた。それだけ頭の中が混乱しているのだろう。
 先ほどの足の重たさが戻ってきた。かなり歩いたような重たさだ。足の裏が痛い。思わず足を外に向けたような歩き方になりかけていたが、今度は一歩歩くとなぜか治った。
 前を歩く誰かを感じた。前から伸びている影が見えたのだ。だが、前に誰かがいるはずなのに靴音が響いてこない。自分の歩いている靴音が響いているだけだ。
――前に見えているのは幻?
 先ほどは後ろの音は感じたが、姿を感じることはできなかった。影だけは一瞬感じたが、それもハッキリとではない。
――前を歩いているのはさっきの自分なんだ――
 と考えてしまう。普段から考えごとばかりしている川津は、今遭遇しているような光景を思い浮かべたこともあっただろう。しかし、家が近づいて正気に戻ると夢で見たことを忘れてしまうかのように、ほとんどを忘れている。
 忘れているというよりも記憶の奥に封印していると言った方が正解かも知れない。夢で見たよりも思い出せるはずである。夢で見たものは、夢で見たものとして封印されている。だが、普段の考えごとは、まわりを意識しないで自分の世界を作って考えていることなので、意志が働いているはずだ。
――夢とは潜在意識が見せるもの――
 とは言われるが、所詮夢という無意識な世界の中で見ているものなので、普段の考えごととは根本的に違うものだ。
――やはり今見ているのも夢なのだろう――
 と考えるが、
――ではどの時点で見ている夢なのだろう――
 そちらの方が疑問である。確かにその日は仕事を終えたのは記憶にある。それまでの記憶もしっかりとしている。では、それから以降で、
――どこか記憶がハッキリとしない場所があるのではないか――
 と考えるのは、その間にどこか自分にとっての辻褄の合わないところがあって、そこから夢の世界に入り込んだと考えるからだ。
 それにしてもこれが夢だとすれば、これほどハッキリとした夢もないだろう。見ている時に、
――自分は夢を見ているんだ――
 などと自覚できることはほとんどない。あったとしても、それだけ自分に印象深い夢のはずだ。
――そういえば――
 いろいろと考えてみるが、その日に限って、考えごとをしなかった。いつもなら電車に乗る前あたりから、何かを考えていて、電車に乗る頃には自分の世界で考えているはずである。
――何も考えていないようで、頭はまわっていたのかも知れない――
 考えごとをしていても、普段から習慣になっていることは忘れないものだ。何も考えていないようでも、考えることが習慣になっているのだから考えることを忘れないという考えも成り立つ。ただ何を考えていたかを覚えていないだけではないだろうか。
 そう考えると夢にも同じことが言えるはずだ。
 夢を見ていないと思っているのは、目が覚めて覚えていないからだ。覚えていないということを意識していないと、
――夢を見なかったんだ――
 という結論になるのも必然ではないだろうか。
 電車の中で何も考えていないというわけではなく、夢を見ていたと考えればどうだろう?
――おや――
 やっぱり夢だったのだ。気がつけばいるのは電車の中だった。
――さっきまでのは夢だったのだ――
 と考えるが、同じような夢を何度も見ていたように思う。
 公園の景色、角を曲がったタバコ屋、そう考えてくると、もう一つおかしなことに気がついた。
――確かタバコ屋の横には赤いポストがあったはずだが――
 最近新しくなったポストで、去年くらいまでは、昔ながらの丸いポストだった。いかにもタバコ屋のそばにありそうなポストで、赤い色が印象的だった。今のような四角いポストになると、赤い色も明るさだけが強調されたようで、印象に残る色ではない。ペンキが無造作に塗りたくられているようで、表面には無数の山ができている。
――まるで血糊のようだ――
 などと気持ち悪いことを考えていたものだ。
 赤い色を思い出すと、電車の中が思ったよりも暗く感じてしまう。夢を見ていたとしても目が覚めてくれば電車に乗ったのがついさっきだったという感覚が戻ってくるのだ。
作品名:短編集90(過去作品) 作家名:森本晃次