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短編集90(過去作品)

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 光を必要としない影は想像以上に大きかった。ハッキリと光と影の区別がつかず、おぼろげに映っているからであろう。おぼろ月夜が大きく見えたり、近視の人がめがねを外して見た時のようである。
 月にしても太陽にしても、低い角度から見ると大きく見える。夕日が大きかったり、地平線に近い月が大きく見えたりするのも錯覚だと思えばそれまでだが、ちょっと考えれば当たり前にも思う。
 空というのは果てしないものだ。すべて同じ色で、立体感があるはずなのに、立体感を感じさせないパノラマは、そこに浮かんでいるものすべてを小さく見せる。しかも、そのほとんどが満月に見えるのだ。偶然満月の時に空が気になっているのだろうが、三日月も気にならないわけではない。どちらかというと、満月よりも鋭角な三日月の方が、幻想的に見えて興味をそそられる。どうして三日月を見ることができないのかも、ずっと謎だった。
 その日の月は大きく、そして低い位置にある月だった。満月とは言いがたい歪な形をしているのが印象的で、そのわりに明るすぎるくらいに見えるなど今までにはなかったことだった。
――低い位置にある月へのイメージは、少し赤み掛かった色をした月だったはず――
 気持ち悪さは色からも来ていた。黄色というよりも、その日は白い色に眩しさを感じたからだ。真っ暗な中に感じる大きな月、しかも迫ってくるような白色に、目の感覚が麻痺してしまいそうだった。吐き気を催すほどの刺激は、急激な明るさから来ることを今さらながらに思い知らされた。特に白い色が見せるまわりの景色への反映は、視界に距離感を失わせる効力を持つようだ。歩いていて、距離感というものは完全に麻痺していたのだ。
――今どこを歩いているのだろう――
 田舎道をとっくに通り過ぎている感覚だったのに、まだ、先に続く田舎道が果てしなく感じられてしまう。
 明らかに最初と感覚は違っている。普段と変わらない感覚をいつになく感じていたはずだった。考えごとも普段と同じようにできていたからだ。
 次第に後ろが気になってきた。誰かがついてきていれば分かるはずの田舎の一本道、後ろを振り返って誰もいなければ、
――気のせいか――
 と感じて振り返るのは一度でいいはずだ。
 だが、その時は一度では気がすまなかった。まるで足元にまで影が迫ってくるような気がしたからだ。
 夜になると、自分の影が放射状に分かれているのを見て気持ち悪く感じたことが何度もあった。歩いていて足元を見ると、まわりの規則的な距離に位置している街灯に近づいたり離れたりするのだから、まるで足元を中心に円を描くように広がった影が、回って見えてくる。
 その日は特に街灯のいくつかが同時に切れていた。今までにない暗闇を感じたかと思えば、遠くの街灯に照らされて、いつもよりも長い影を感じる。しかも月の明るさも影響してか、今までにないコントラストを足元から伸びる影が演じていた。
――街灯が切れていたのは偶然なのだろうか――
 昼間が暑く、まだその余韻が残る中、湿気を帯びた空気はすべてを篭ったように感じさせる。乾いた靴音がまわりに響いて、こだまのように聞こえる。
――霧のロンドンってこんな感じなのかな――
 行ったこともないくせに、なぜロンドンを感じるのか分からない。しかもロンドンのイメージはビジネス街である。こんな田舎道に感じるものではない。
 そんなことを考えていると、住宅街に差し掛かってきた。さらに湿気を感じ、住宅街には少し霧も立ち込めてきたように感じる。街灯の明かりの軌跡が見えるが、それも霧が出てきたせいに違いない。
 大学時代の合宿所があったのも田舎道を進んでいくところだった。田舎から出てきた川津にはそれほど違和感はなかったが、都会で育った連中には、
――何というところに来てしまったんだろう――
 と感じたに違いない。しかも山の中腹にあるようなところで、夏の朝などは、いつも霧が発生しているところだった。夏の田舎道を歩いていると、合宿所を思い出すのだ。
 朝の霧の中では、かなり耳に違和感を感じた。高山やトンネルの中で起こる耳への違和感がその時は標高の高いところにいるからだと思っていたが、こうやって帰途について霧の中を歩いていると、
――霧が引き起こす耳への違和感なんだ――
 と感じる。乾いた音がまわりにこだましているのは、霧が空気の膜のようなものを作っているからだろう。それほど厚い膜ではないように思えるのは、大学の合宿所を思い出すからだろう。
 住宅街に入ってくると、先ほどまでと打って変わって広大なイメージは失せてしまう。まわりには壁があり、どこも似たような壁の間を歩いていくのだ。時々、犬の遠吠えのようなものが聞こえ、思わず月を見てしまう。
 見えてくる月は満月を想像する。遠吠えにオオカミを感じ、満月に向かって吠えている光景を思い浮かべてしまうからだ。しかも、霧の中では篭って聞こえるので、余計に遠くまで聞こえていることだろう。
 住宅街というのは、本当に同じような造りのところが多い。壁に囲まれた家が多く、垣根に仕切られているところはほとんどない。知らない人が入り込めば、高い確率で迷ってしまうに違いない。それは、ここに限ったことではなく、住宅街と言われるところに共通して言えることだろう。
 壁に写っている自分の影を見ていると、やはりいつもより大きいように思えて仕方がない。後ろから誰かに見られているように感じながら入った住宅街、気になって何度も後ろを振り返ってしまっていた。
 靴音が響いている。いくつもの音が響いていて、明らかに誰かが迫ってくると感じるのも靴音のせいだった。
 そんな当たり前のことに気付くのに、かなりの時間が掛かってしまった。後ろを見ても誰もおらず、
――おかしいな――
 と思いながら、気がつけば住宅街に入っていた。その思いは住宅街に入っても続いていた。
 住宅街に入るとすぐに公園が見えてくる。朝一番は犬の散歩から始まり、夕方の子供が遊ぶ時間までひっきりなしに出入りがある公園も、さすがにひっそりとしている。街灯が明るく照らしているが、道路よりも明らかに明るく照らされている。
――おかしな現象だな――
 と思ったのは、夜の公園がやたらと明るいと却って気持ち悪いものだ。
 その日もやはり公園が目立っていた。ブランコに滑り台が明るく照らされ、そこにできた影がクッキリ地面に映し出されていて、すべてが浮き上がって見えた。
 立体感を感じるというよりも、舞台を見ているような明るさで、目に焼きついてしまいそうである。いつもは急いで通り過ぎるところだが、その日は、少しゆっくり歩いていたように思う。焼きついた光景を忘れたくないという意識があったのだろうか。
 公園を通り過ぎてすぐの四つ角を右に曲がる。公園を左に見ながら曲がるので、公園をさらに違う角度から見つめて歩くことになる。すると、公園を見つめていると嫌でもさっきまで歩いてきた道を見ることになるが、よく見ると、思ったよりも明るかったことに気付いた。
 今歩いているところも次第に明るくなってきているように思う。だが、それも歩いてきた道を見たから感じたことで、それがなければ、ずっと暗いままだと思い込んでいたに違いない。
作品名:短編集90(過去作品) 作家名:森本晃次