短編集89(過去作品)
と言われるようになった。
別に暗かったわけではないのだが、話題性に乏しいと、集団の中での会話では、その中に埋もれてしまう。しかも二人で話をしていれば、会話が途切れてしまうこともしばしばで、きっと話しにくい相手の一人だっただろう。相川のように、よほど相手に合わせるのがうまい相手でないと、一緒にいても会話にならないことが多かった。
利用されることも多かったかも知れない。
たとえば合コンの人数合わせ、大学時代に合コンに何度か誘われて行くことがあった。
特に一年生、二年生の頃は頻繁で、加藤にしても、
――あわやくば――
と下心があったのは否定できない。
しかし、下心とは裏腹に、所詮は人数合わせとして呼ばれていることは、相手側にも分かるようで、会話の輪の中に入っていけなかった。
相手側にも同じように人数合わせの女性が一人はいるものだ。
――しめた――
と感じて話をしようとする。近づいてみると、意外と好みのタイプのようなので、なぜ一人でいるのかが不思議なくらいだ。
――あぶれているもの同士、きっと話も合うだろう――
これが最初の印象だった。
「お一人ですか?」
「ええ」
返事がのっけからそっけない。まるで汚いものでも見るような露骨な視線を感じる。とても冷たいものだ。
一瞬、話しかけたことを後悔する。だが、話しかけてしまったので後には引けないと思い、さらに会話を続けようと思っても、冷たい雰囲気によってその場が凍ってしまって、それ以上の会話が成立しない。
――彼女には彼女なりのプライドがあるんだ――
と感じる。しかもそれは想像以上に深いもののようである。
――ひょっとして、自分にも同じようなプライドがあって、相手にはそのことが分かるんじゃないかな――
と感じた。それであれば会話も凍ってしまって仕方がない。
特に自分にトラウマを持っていて、変なプライドがあれば、自分が相手であっても嫌なものである。
自己嫌悪というのを感じていた。小学生の頃から自己嫌悪というものを持っていたように思う。しかし、それは後になってから、
――あれが自己嫌悪だったんだ――
と感じるのであって、自己嫌悪が後からくる虚しさのようなものであることにその時に気付いた。
一人で突っ張っていたのだろう。だから苛められる。苛められるからさらに突っ張ろうとする。致し方ないことだと思っていたが、どこかで柔軟に妥協すれば、突っ張ることもなかったはずだ。
加藤は、今までいろいろ考える性格ではなかった。ここまで考えるようになったのは、きっと風俗に行って目からウロコが落ちたからかも知れない。
最初見た時は風俗嬢という未知の世界の女性だということで、しっかりとした目で見ていなかったことだろう。
――偏見だけは持ってはいけない――
これだけが頭の中に去来していたことは自覚していた。しかし、それ以上の感情が湧いてくるわけではなかった。
主導権は完全に彼女だった。すべてを相手に任せて寝ているだけでいいという快感に酔っていたのも事実だ。身体が感じることよりも、すべてを相手に任せていていいという安らぎを感じることができるのが一番だったに違いない。
今まで知り合った女性は年上が多かった。なぜなのか分からないが、甘えたいという気持ちが強かったのかも知れない。しかし、年上ということだけでトラウマを感じてしまっていた加藤には、
――甘えるということは自分にはできない――
と思っていたのだ。
だが、あとになって思い返してみると、年上に臆することもなければ、甘えることを自分が納得した上であればトラウマにならないことをせりなが教えてくれたように思う。あっという間だった時間が実にもったいなく感じられた。
どうしても人に遠慮してしまう性格を長所だとは思っていないが、それほど苦になるものでもなかった。敢えて自分の中で触れないようにしていたのかも知れない。
――変なプライドさえ捨てれば、出会いなんていくらでもあるんだ――
というのをせりなが教えてくれた。
相川を見ているとそれを感じる。
プライドを持つことが決して悪いわけではないが、下手な遠慮がある中で持っているプライドは、本当のプライドではない。何よりもあとから思い返してみて、次第に大きくなる存在、それが心に余裕を与えるのではないだろうか。
今度有希に思い切って声を掛けてみよう。きっといい出会いになる予感を覚えていた……。
( 完 )
作品名:短編集89(過去作品) 作家名:森本晃次