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短編集89(過去作品)

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 誠と一緒にいる時は、結構喋る方ではなかっただろうか。それでも仕事の話にあまり触れることはなかったが、いろいろなところへ行ったという話は聞かせてくれた。旅行好きなおじさんで、それも一人で旅行に出るのが好きだったようだ。
 彼女もその話をしていた。旅行に出かけたおじさんから、おみやげだといっていろいろもらったという話を聞かせてくれたらしい。特に北海道の話などは頻繁で、よほど気に入った場所があるらしい。
「でも、本当に気に入った場所というのは教えてくれないんですよ。どうも自分の聖地だと思っているみたい」
 その話を聞いてハッとしてしまった。それは誠が気になっていたことと、まったく同じではないか。
「霧の掛かった湖というと、摩周湖が有名だけど、それ以外の場所もあるんだよ」
 と言っていた。
「それはどこにあるの?」
 と聞いてみたが、
「覚えていないんだよ。というよりも、記憶としてはハッキリしているのに、もう一度行こうとすると、そこに湖なんてないんだ。近所の人に聞いてみたんだけど、近くに霧の掛かった湖はおろか、大きな池もないって言われたんだよ。本当に不思議だったね」
 そこがおじさんのいう聖地とは違うところらしいのだが、北海道にはまだまだ知られていない神秘なところが多いのだろう。実際におじさんは摩周湖に行ったことはないらしい。それだけに、おじさんが見たという幻の湖、摩周湖との比較ができないだけに、話を聞いてもピンと来ないのだ。
 誠はそのことを、おじさんが付き合っていた女性に話してみた。
「そのお話なら聞いたことがあります。一度、一緒に探しに行こうって言ってたんですけど、まさかこんなことになるなんて」
 目頭がさらに熱くなっているようだ。
――まさか、人に話してしまったから、おじさんは事故に遭ったのだろうか? 昔話などでよくある、「話してはいけないこと」だったのかも知れない――
 昔から、死の世界には天国と地獄があり、いいことをすれば天国に行けて、悪いことばかりしていれば地獄に落ちると言われてきた。神や仏を信じる人であっても、信じない人であっても、同じだっただろう。宗教が違っても、目指すものは同じで、極端に考えが違えばカルト教団として違った目で見られる。
 そのことにほとんどの人は何の疑問を感じることなく、暗黙の了解のごとくに信じられているが、誠は最近そのことに疑問を抱き始めていたのだ。
――天邪鬼だな――
 自分でもそう思う。皆が信じ込んでいることに疑問を感じるのも誠の性格で、今に始まったことではない。
 おじさんも、同じような性格だった。人が右といえば、左を向いて逆らってみたいところがあり、人から言わせれば、
「まるで子供だ」
 ということになるのだろうが、誠にはおじさんの気持ちが手に取るように分かった。言葉に表せないまでも、おじさんにだって誠の気持ちが分かっていたことだろう。
「そんなことで存在感を示したいと思うのかい?」
 友達に言われたが、
「そうじゃないさ」
 鋭いところを衝かれたが、それだけで言い表せないことでもあった。おじさんが見たという霧の掛かった湖、信じている人が誰もいない中で、誠だけには目を瞑れば見えてくるのだ。
 だが、考えてみれば夢の中に出てきたことがあるだけかも知れない。初めて香苗と出会った時にも、何か違う場所を想像していたが、どうやら何かあると、
――どこかで見たことがあるようなだが、思い出せない――
 という思いを抱くようだ。
 いわゆるデジャブー現象なのだが、何かを作ることを新鮮だと考え、血液の入れ替えにも似た感覚を味わうことのできる誠ならではなのかも知れない。
 一番最初に感じたデジャブー、その時の影響か、線香の臭いが鼻に突いて離れない。お棺の中で冷たくなって固まっているおじさんの顔、それも初めて見るものではないような気がしていた。
 それにしてもおじさんが亡くなってからというもの、パッタリと事故の話をしなくなった。地元のテレビでは数日間、会社の管理責任や、事故原因についてなどの報道はされていたが、会社の責任を問う声も次第にトーンダウンしていった。
「人の噂も七十五日」
 と言われるが、結局一人が悪者で、会社の責任はうやむやである。まさに「知恵ある悪魔」を想像してしまう。
 大学に入ってからも、香苗とは付き合いを続けていた。お互いの両親公認の仲になっていて、食事を家族で共にしたこともあった。家族ぐるみの付き合いでもあったのだ。
 二人で出かける旅行も公認だった。お互いに旅行好きだということもあって、誠が計画することもあれば、香苗が探してくることもある。
 北海道への旅が一番好きだと言っていた香苗が探してきた先に、
「綺麗な湖のほとりに建っているホテルがあるの。ここに行ってみませんか?」
 と言って、旅行会社の見積もりとスナップ写真を数枚示してくれた。どうやら、それほど観光化されていないところらしく、ガイドブックにもパンフレットにもなっていないらしい。
「旅行会社の人の話では、あまり宣伝をしないのは、ホテルのオーナーの意志らしく、観光化しすぎて、環境を損なうのが一番嫌なんだって。だからよほど気に入ったお客さんか常連さんにしかお話をしないらしいの」
「利益二の次ということなんだね。でも、却ってそういうところの方が、断然素敵なのかも知れないね」
 香苗の強い意志もあって、さっそく旅行プランを練り上げた。喫茶店での会話で、時間を感じずにいられる時が一番幸せかも知れない。
「旅行って、本当に神秘的な感じですよね。ちょっとだけ隣の街に出かけても、まったく違った風景なのに、近いというだけでそれほど違う感じがしないのに、旅先の光景は本当にまったく違う景色をそのまま感じさせてくれるような気がするんですよ」
 香苗の言いたいことは分かっている。誠にも同じことを感じることがあった。
 高校までは同じ方向だったが、大学に入り反対方向に通うようになった。まったく行ったことがない方向ではなかったが、それが毎日の通学路となると、実に新鮮で、電車で数駅なのにもかかわらず、かなり遠くまで通っているような錯覚に陥る。生活自体もまったく変わっていたので、環境が変わったことに違和感などない。あるのは新鮮な気持ちだった。
――だからこそ、香苗とも新鮮な付き合いを長く続けられるんだな――
 と感じた。
 香苗の顔は実に幸せそうな表情だが、なぜか、誠の顔を直視しようとせず、旅行プランに目を落としていた。気にならないわけではなかったが、幸せそうな顔に水を差したくなかったので、誠も気にしないようにしていたのだ。
 昼下がりの喫茶店に長い時間いると、本当に時間が止まってしまったかのような錯覚を覚える。その間に夢を見ていたかも知れない。背中には薄っすらと汗が滲んでいて、汗を感じないと、夢を見ていたなどという発想は出てきっこなかっただろう。
 人と一緒にいて、眠ってしまっていたという話は聞いたことがある。聞いたというよりも、小説の中のお話だったかも知れないが、
――本当にあることかも知れない――
作品名:短編集89(過去作品) 作家名:森本晃次