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短編集89(過去作品)

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悪魔になりたい



                悪魔になりたい


神様を信じるようになるなど、中学時代までの神崎誠には信じられないことだった。
「神様を信じているなんて、まるで中学になってまでサンタクロースの存在を信じているようなもんだぞ」
 友達にはそう嘯いていた。実際に神様もサンタクロースも同じようなものではないか。人に夢を与えると言いながら、誰も見たことのない存在。胡散臭いと思うのは子供らしくないかも知れないが、それだけ現実的だった。
 とは言っても、誠はサンタクロースを小学生の高学年まで信じていた。それだけに、そのことが悔しくて仕方がない。まるで大人たちから騙されていたような何とも言えない気分になっていたのだ。
――いい子でいたい――
 という気持ちが強かったのだろう。大人には従順だった。小学生の高学年からまわりは大人に逆らう気風が激しくなっていったが、誠には、そんな気分にさせないものがあったのだ。
 きっとおじさんの存在が大きかったのだろう。一人でも信頼できる大人の人がいれば、大人に逆らうなどという気にならないもので、逆らっている連中を見ていると、まるで子供のように見えてくるくらいだ。もっとも、反抗している連中には、誠のような従順な態度の方が子供に見えたことだろうが、誠にとってみれば、そんな連中のことをいちいち気にすることもない。
 おじさんと言ってもまだ三十歳にもなっておらず、父とは少し年齢も離れていた。頼りがいのあるお兄さんとも言える存在で、よく遊びに来てはドライブに連れていってくれたものだ。もちろんまだ独身で、
「いい人がいればいいのにね」
 と、よく母から言われて苦笑いをしていたものだ。
 その頃の誠はおじさんに対しては特に従順だった。父よりも信頼していたと言ってもいいくらいで、それも年齢の近さを感じるからだろう。父に相談できないようなこともおじさんには相談できたのだ。
「でも、恋愛相談だけは無理だぞ。一番苦手な分野だからね」
 そう言って大袈裟に笑っていたが、爽やかな表情を見ている限りモテないようには思えない。彼女がいないのは本当のようだが、どうしてなのかピンと来なかった。
 おじさんはどちらかというと豪快なタイプである。身長が高くスリムで、豪快なタイプには見えないが、そのギャップが頼りがいに繋がっていた。
――豪快な中に緻密さを感じる――
 きっと、女性に見る目がないだけなのだろうとしか思えなかった。
 ドライブに連れていってくれるのは、山も海もどちらもだったが、実に素晴らしい光景を見せてくれた。海であれば、水平線に沈む夕日を見て感動したり、山であれば、緑の映える山に囲まれた大きな池のほとりで、通り過ぎていく爽やかな風だけを感じることができる静かさだけが壮大さを演出しているようなところが多かった。
「おじさんはどうしてこんなに素晴らしいところを知っているの?」
 と聞いてみたことがあった。
「夢に見るんだよ。こういう素晴らしいところをきっといつも探しているんだろうね。覚えている限り探してみたくなるもので、そういうところにばかり集中しちゃうんだよ」
――本当は僕なんかじゃなく、彼女と行きたいと思っているかも知れないな――
 と思ったが、口に出すわけにはいかない。
「やっぱり職業柄かな? こういうところをイメージしてそれを探すのは得意かも知れないね」
 おじさんは、バスの運転士をしている。普段のおじさんと違って制服を着て、帽子をかぶった姿は本当に凛々しい。写真でしか見たことがなかったが、正直格好良く映っている。小学生の頃から密かにバスの運転士に憧れていた。
 中学に入って学校が少し遠くなったことから、バス通学になった。おじさんの勤務は長距離バスが多いので、同じバス会社でも、おじさんの運転するバスに乗ることはない。だが、いつも乗るバスの運転士の横顔を見ながら通っていると、おじさんを思い浮かべてしまう。それでも、さすがにおじさんに敵う人がいないように思うのは贔屓目に見ているからであろうか。
 そんな誠だったが、神様を信じることはなかった。
――誰も信じることができない人が信じるのが神様だ――
 と思っていた誠にとって、神様は無縁だった。おじさんという信じられる人が一人でもいれば誠に神様は不要なのだ。初詣などでおまいりすることはあっても、それは年間行事の一つでしかなく、ただの節目にしかすぎなかった。
 誠もいろいろな夢を見る歳になっていた。中学時代というと多感な時、まだ異性に興味がなかった分、自然やまだ見ぬ土地への興味は人一倍だったようだ。
 両親はどちらかというと放任主義だった。放任主義というと聞こえはいいが、自分たちが忙しく子供にあまり構ってはいられないという感じである。元々夫婦間でもあまり干渉しないタイプだったようで、お互いに好きなようにしている。極端な話、一歩家を出れば何をしていても誰も文句を言わないほどである。
 おかげで、誠は友達から旅行に誘われても反対されることはなかった。
「佐久間から旅行に誘われたんだ」
 と友達の名前を出せば、
「あまり迷惑をかけないようにするのよ」
 と言うだけで、それ以上干渉してくることはない。最初の頃こそ友達と一緒の旅行だったが、中学も二年生になると一人旅もしたくなった。その頃には友達の名前を出すこともなく、
「旅行に行ってくる」
 と言うだけで、別に文句を言われることもなく送り出してくれた。
 同じところに二度行くこともあった。よほど気に入った土地は、目的地へ向う途中に立ち寄ったりしたものだが、一度尋ねたことのある土地が変わることなく存在していることに安心感を覚えたいのだ。それによって自分の存在感を感じているようで以前に尋ねた場所をゆっくりと回るのが好きだった。
 歴史が好きでしかも日本庭園などでゆっくりする時間も好きなので、時間が経つのはあっという間である。特に風のない時など、何を考えているか、たった今のことでも忘れてしまっていたりする。普段から絶えず何かを考えている性格なので、本物のゆとりというものを感じてのことなのだろう。
 これこそが旅の醍醐味、忘れていた何かを思い出させてくれる。いや、新鮮な新しい発見までもが、すべて経験していたことを思い出させてくれるような錯覚に陥ってしまうのは旅ならではであろう。
 旅の好きな少年であった誠に、大きな転機が現われたのは、中学三年生になろうかとしていたある日のことだった。その事実はまさに青天の霹靂、一瞬話を聞いても信じられないだけだった。
 話をしてくれた父の声も上ずっている。まさに、
――信じられないことが起こったんだ――
 と言わんとしているばかりである。
「誠、おじさんが、おじさんの乗ったバスが事故を起こして、そのまま亡くなったんだ」
 誠にとって一番信じられる人、そしてここまで生きてきた中での人生設計の道筋を作ってくれようとしていたおじさんが亡くなった。この事実を一瞬にして受け入れるなど不可能だった。まだ中学生というと、人の死についてなど考えたこともなく、実際に今までまわりでも亡くなった人はいなかった。
作品名:短編集89(過去作品) 作家名:森本晃次