短編集89(過去作品)
「今まで、他の人に話したことはなかったんだけどね、あの娘、今までに何度も結婚のお話を持っていったんだけど、一度もお見合いをしようとしてくれなかったの」
と、一人の男性を捕まえて話している。
「ほう、好きな人がいたんじゃないのかい? おせっかいだったのかもよ?」
「ええ、私もそう感じて聞いてみたんだけど、その時好きな人や付き合っている人はいなって言ってたの。それは本当だったみたい。彼女、どこか霊能力的なところがあって、少し怖いんだけど、でも、結婚しようとしなかったのは、どうも初恋の人のイメージが抜けなかったからみたいなのね。自分が余計な気を回したから別れたって言ってたわ」
まさしく幸雄のことではないか、幸雄が考えているより理沙子の幸雄への想いは、かなり強いものだったようだ。
――それにしても霊能力のようなものがあったなんて知らなかった――
きっと別れてから、自分で気付いたのかも知れない。
人間はその能力の十分の一も発揮できていないというではないか、何かのきっかけで自分の能力を発揮できるようになったとしても、何ら不思議なことではない。
「それにしてもかわいそうね。誕生日が命日になるなんて……」
とすすり泣くように遺影を見つめていた。享年三十歳、ちょうど、三十歳の誕生日だったのだ……。
節子が感じた三十歳という年齢、今さらながらに幸雄は思い知った。なぜ別れなければならないかという理由は結局分からないが、三十歳という年齢が自分にとって忌まわしい年齢であることを思い知ることになる。
背中に掻いた汗はしばらく取れないだろう。先ほどまでの容赦なく照りつけていた夕日は、とっくに沈んでいた……。
( 完 )
作品名:短編集89(過去作品) 作家名:森本晃次