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短編集89(過去作品)

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 母性本能をくすぐられると弱いことに節子は初めて気付いた。殻に閉じこもっていた人は、いつも何かを夢見ている。女性なら、
――白馬に乗った王子様が現われる――
 くらいのことを考えるだろう。実際に高校時代までメルヘンチックなことを考えていた節子は、何度も白馬に乗った王子様を思い浮かべたものだ。まさしく太陽をバックにシルエットに浮かぶ男性の顔である。
 しかし、そのうち臆病風に吹かれたようにあまり話さなくなった幸雄の顔には、白馬の王子様の雰囲気は感じられない。放ってはおけない男性として母性本能をくすぐられるのだ。
「何か相談事があったら、私に話してね。私にできることだったら何でもするわ」
 と言われるが、幸雄にしてみれば、言われれば言われるほど意固地になってくるのである。
 自分でもどうすることもできない幸雄を見ていて節子はじれったく感じてしまう。今までの三行半が嘘のように、
「どうして言ってくれないのよ。そんなに私が頼りないの?」
 一気呵成に責めたてる。責めたてられれば却って萎縮してしまうのは同然のことで、話ができる雰囲気ではない。まるでヒステリーを起こしたかのように甲高い声で叫んでいれば幸雄でなくとも黙り込んでしまうのは仕方のないことだろう。
――私たちってもう駄目なのかしら――
 一旦諦めかけた節子であるが、少し離れてみると自分がどれほど冷静さを失っていたか分かってきた。
――私一人で必死になっても仕方のないことだわ――
 と感じた。別れるのではなく一旦距離を置くと考えれば何のことはない。男だって寂しくもなり、向こうから連絡を取ってくることもあるだろうと考えた。
 その予感は当たっていた。
 二週間ほどの期間が経ってからだっただろうか。幸雄は節子の前に現われた。その表情は出会った頃の幸雄である。幸雄にその間、何があったのだろう。節子には分からなかった。
 幸雄は節子が自分から離れていった理由をウスウス気付きながら、どうしようもない自分を責めるような生活をしていた。今までなら離れていった女性のことが頭から離れないはずなのに、落ち着いている自分が怖い。
――一体何を考えているのだろう――
 寂しいくせに一人でいる時間が新鮮なのだ。特に当てもなく歩いている時が新鮮で、頭の中では絶えず何かを考えているので、目の前の景色は意識することもなく、ただ流れていくだけだった。
 幸雄は歩くのが小さい頃から好きだった。やはり考えごとをしながら、気がついたら景色が変わっていたというような雰囲気が好きなのだ。
 大学を卒業してから、歩いたことのないところを歩いている。学生時代は私鉄沿線に住んでいたこともあって、JR通勤である今とはまったく歩く場所も違っていた。就職してすぐに掛かった五月病、その時に懐かしくなって大学まで行ってみたことがあったが、それが最後だったように思う。
 その時はまだ卒業して間がなかったこともあって、歩いていて懐かしさよりもまだ自分が大学生ではないかと思えるほど違和感がなかった。
――その角を曲がると赤いポストがあって――
 自分に言い聞かせながら歩いたものだ。
 大学までの道も、キャンパス内もまるで変わっていなかった。歩いていて新鮮な空気を感じることができる。しかし、まわりを見るとそこにいるのは知らない連中ばかりなのだ。たった数ヶ月しか経っていないのに、そこはまるで別世界になってしまっている。しかもまったくまわりの景色が変わっていないことが、まるで自分に浦島太郎のような意識を持たせた。
――ここはすでに自分の帰る場所ではないんだ――
 と思い知らされた。そして、
――結局、どこへ行っても同じことなんだ――
 ということを認識させられた。
 そういう意味では無駄足ではなかっただろう。少し大人になったような気がした瞬間だった。
 それから一度も訪れたことのなかった道をまた歩いている。どうした心境の変化なのだろう。自分でも分からない。しいて言えば何かを思い出したとでもいうべきだろうか。それはどうも前日に見た夢に由来しているように思う。
 前の日に見た夢には、大学入学と同時に付き合い始めた女性が出てきた。高校の頃までは、女性に興味があっても付き合ったことなどなかった幸雄に、大学入学と同時に運が向いてきたのか、彼女ができた。名前を理沙子という。
 もちろん、偶然できたわけではない。好みの女性のタイプというのは、自分の中でしっかりしていたし、その人も好きな男性のタイプがしっかりしていた。お互いに気になる存在だったようで、仲良くなるまでに時間は掛からなかった。
 声を掛けたのは幸雄からだった。相手も意識していることが分かると声も掛けやすいもので、特にキャンパスという独特の雰囲気は、声を掛けるには絶好だったように思う。お互いにすぐに仲良くなった。
 二人とも、隠しごとをしない性格で、お互いのことを飾ることなく話せたことですぐに意気投合した。コーヒーが好きなのも幸いして、待ち合わせの喫茶店などで待っていても、時間を感じさせない仲だった。
「ごめんなさい。待った?」
「いやいや、そんなことはないよ」
 よく聞く会話だが、自分に彼女ができるまでは、
――あれだけイライラしながら待っていたのに、よく言うよ――
 と痩せ我慢も見ている者には不快に感じさせることを分かっていた。テーブルの上のタバコの吸殻を見ればよく分かる。女性も分かっているはずなのに、笑顔でいられるのが理解できなかった。
 しかし、自分がその立場になると、本当に意識していない。少々待たされてもイライラなどないのだ。時計をちょくちょく見ることはあっても、正確に刻んでいる時間に、却って自分の中で余裕を感じるほどだった。
 結構彼女との付き合いは長かった。長い短いの基準がどこにあるのか分からないが、きっと大学時代という時間は、短いようで思ったほど以上の長さがあったに違いない。付き合った期間というのは二年あっただろうか。
 付き合っていたといっても、ずっと一緒にいたわけではない。お互いに友達もいたこともあって、友達づきあいも疎かにすることはなかった。それでも、結構一緒にいた時間は長かったように思う。それが二年続いた秘訣ではないかと思っている。
 別れるきっかけになったのは、元を正せば幸雄の軽率な行動が発端だった。結構他に綺麗な女性がいれば目移りする方で、そのことは理沙子にも分かっていたはずだ。すべては誤解だったのだ。当然のことながら誤解を与えた自分が悪いに決まっている。
 それまではすべてがいい方向に向っていた。気持ち悪いくらいにお互いうまが合っていて、相手に疑問を抱くことなどまったくなかったくらいだ。しかし、そんな時でも、
――好事魔多し――
 ということわざもあるが、
――本当にいいのだろうか――
 と不安にも思っていた。
 それがある時期、一気に噴出したのだろう。悪いことに悪いことが重なるといった時期を迎えたのだ。分かってくれていると思っていて話をすると、
「何言ってるのよ。それはあなたの勝手な言い分でしょ?」
 と、取り付くしまもない。すべてが言い訳として聞かれてしまう。そうなれば、こちらも売り言葉に買い言葉、
作品名:短編集89(過去作品) 作家名:森本晃次