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裏表の研究

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 確かに彼らの目は鋭いところを捉えているのは読んでいて分かった。自分が気付かなかった部分や、どうして気付かなかったのだろう? という部分を事細かく書いてくれている。それだけが救いのような気がしていた。
 その時に感じていたのは、
「どうせ企画出版なんかできるはずないんだから、せっかく批評してくれるのを、ただでしてくれるということで、添削料のいらない小説教室としてりようしてやろう」
 という考えであった。
 そして、さらにその出版社から、とどめと言えるような発言があってから、純一郎は一切の原稿を自費出版社系の会社に送ることはなくなった。
 その経緯というのは、五作品目を送って少ししてのことである。出版社の担当者なる人物から電話が入った。
「あなたの作品は、今回も共同出版という形で推薦していますが、今回でそれも最後になります」
 というのだ、
「どういうことなんですか?」
 意味がサッパリ分からずに聞いてみるが、
「あなたの作品はいい作品だと思いますが、企画出版ができるまでの作品ではありませんでした」
 という、いつもの聞き飽きたセリフをいう。
「はい、だから自分は企画出版ができるようになるまで、何十回でも、何百回でも送り続けようと思っていますが」
 というと、相手は態度が少し変わってきた。
「いえいえ、あなたの作品が共同出版という形で推薦されたのは、私が出版会議の中であなたの作品を推薦しているからなんですよ。もうそれもこれが最後です。だから今本を出さないともう出すことはできませんよ」
 と言ってくる、
――ほら、来た――
 と思ったが、耳を疑ったのはそこではない・
 まるで自分があなたの作品を推挙しているから共同出版にまで話を上げることができたということで、それを自分の手柄のように言っていることだった。
 もうすでに自費出版社系の会社に胡散臭さを感じている純一郎は、もうそんな言葉は信用しない。
「そうですか、でも、僕はそれでも企画出版に掛けます。たとえ、ほぼ可能性がなくてもですね」
 というと、今度は相手もキレたのか、とんでもないことを言い出した。
「あなたのような人の作品が企画出版に掛かるということは百パーセントありません。今お金を出してでも出版しないと、あなたは一生普通の自費出版しかできなくなりますよ」
 と言ってきた。
「フフン」
 こちらが、鼻で笑うと、相手はさらに畳みかけた。
「今の世の中で出版社がお金をすべて出して出版しようかと考えるのは、著者に知名度がある人だけです。要するに、芸能人やスポーツ選手のような有名人か、あるいは犯罪者しかありえない」
 と言った。
 さすがにここまで言われると、もうどうでもよくなって、純一郎も怒りを通り越して、
「それじゃあ、さよなら」
 と言って、電話を切ってやった。
――この男、よくこんな影響で、誰からも訴えられないよな――
 と感じたほどだった。
 これで純一郎の自費出版系の会社とのつながりはなくなった。
 すると、ちょうどその頃くらいをピークに自費出版社系の会社が次第に怪しくなっていった。
 まずそのきっかけは、訴訟問題だった。
「わが社から出版してくださった方の本は一定期間、全国の有名書店で店頭に並びます」
 といううたい文句があり、それにつられて少々高くても、共同出版という向こうの作戦にひっかかるのだが、実際に全国の本屋に置かれているかを調べた人もいた。
 考えてみれば、そんなここ数年でパッと出てきたような自費出版社の本が有名本屋に並ぶというのもおかしなもので、有名な老舗出版社からも、有名作家の本が毎日数冊から数十冊発行されるのだ。有名作家であれば、一つのコーナーを作り大々的に宣伝するものだが、こんな無名の出版社は、話題の本というコーナーどころか、どこを探しても、棚に置いてあるのを見ることはない。それは自分の本だけではなく、出版社すべての本のことだ。
――どうして、そんな簡単なことに誰も気づかないんだろう?
 と、自費出版社系の会社のやり口を分かってしまった純一郎には分かるのだが、自分の本を出したいと純粋に思っている人には分からないのだろう。
 それを思うと、自費出版社の口がうまいのか、それとも何も気づかない自分たちがバカなのか、そのどちらかなのか、どのどちらもなのかしかないと思った。
 それでも、そんな誰でも気づきそうな話をずっと誰も気づかないはずはない。いよいよ、出版社の言っていることがウソだということで、出版社に対して、詐欺を告発する人が増えてきた。
 そもそも、自費出版社系の会社というのは、いわゆる、
「自転車操業」
 なのだ。
 新聞や雑誌にて、
「本を出しませんか」
 という広告を大々的に出して、本を出したいと思っている小説を書いている人の気持ちをくすぐる。そして原稿を募集し、その評価にて、作家の心を掴む。
 純一郎も、ここまでは相手の作戦にまんまと乗ってしまったことになるのだろうが、中にはそこで本を出す人もいるだろう。
 せっかくの機会だからということで、それまで貯めていた貯金をすべてはたいて本を出したり、あるいは借金をしてでも出す人もいるだろう。
 しかし、それは完全に詐欺でしかない。彼らが信用するために、募集に使う広告費、そして、そして相手が疑いを持たないように、批判を含めた批評を書いて見積もりをつけて送り返す。そのために、小説を添削できる人、一日にどれだけの作品を裁くのかは知らないが、かなりの数の人がいるか、あるいは、一人がキャパオーバーするくらいの酷使を会社から受けているかのどちらかであろう。
 そして、肝心の本を作るという作業だ。印刷会社も当然必要だし、製本屋も必要だ。さらにもっと大切なことは、製作した本の在庫をどのようにするかということである。千部作ったとして、本人に数冊を送っても、九百九十冊くらいは残るのだ。本屋が置いてくれるはずはない。どこかで流通させて、それがバレると、さらに詐欺になってしまう。そうなると、自分たちで倉庫を借りて、在庫を抱え込むことになる。倉庫代だって必要ンなってくる。
 最初に自費出版の会社が立ち上がった時は、素人作家としては、
「何と画期的な会社だ」
 と思ったことだろう。
 しかし、リアルに考えれば、これだけの費用が掛かる中、自転車操業の中の運転費用をいかに稼ぎ出すかということが分かっていたのだろうか。特に倉庫代のようなものまで計算されていなかっただろう。完全に断ちあげた時点で間違っていたのではないか。
 だから、定価千円のもを千部作って、共同出資というのに、相手に対して百五十万などという詐欺が言えるのではないだろうか。
 そうでもしなければ、ダメな状態だったのかも知れない。つまり最初から無理なものを始めたのだろう。それが結局社会現象が、あっという間に社会問題として世間を騒がせることになったのだ。
 ただ、これはあくまでも小説を出したいと思っている人の間での社会問題であって、それ以外の一般市民には、そんな詐欺事件があって、社会問題になったなどということはあまり知られていない。新聞でも三面の下の方に、数行倒産したり、訴訟を受けたという記事が書かれていたくらいであろう。
作品名:裏表の研究 作家名:森本晃次