裏表の研究
だが、実際に北橋も純一郎のような考え方をする人間であり、
「自分は特殊なんだ」
と感じるようになると、似たような考えの人がそんなに近くにはいないと思うようになっていた。
そして、このような些細に思えることが自分と他の普通だと思っている人との歴然とした差として現れるのだろうと思った。
しかし、そんな特殊な考え方をする人がこんなにも近くにいて、今自分がその人間の脳を研究していると思っただけで、感無量になるのだが、その都度、自分が思い込んでいたことが少しずつ違ってきているのではないかと思うようになると、信じていた自分への自信が崩れてきているような不安に駆られてしまう。
本当であれば不安に駆られることなどないのかも知れない。不安というよりも、新たに発見したことを、自分の中での知識として積み重ねていけばいいだけなのに、それまでの自分への過剰ともいえる自信と、さらにプライドがその感情を許さないのだった。
「変なプライドは捨ててしまった方が、さらなる研究に邁進できる」
という思いも実はあった。
この二つがジレンマとなっていることも分かっていて、ジレンマがトラウマに変わってしまうのではないかということも理解ができる気がした。
夢というもの、そして潜在意識、さらに予知能力、いろいろなキーワードが純一郎と北橋を結び付けていく。二人の意識はどこを目指しているのだろうか。
大団円
北橋が、子供の頃に読んだ探偵小説。自分が小説を書いてみたいと思うようになった原因の一つであるが、その中に、ランキングをテーマにしたものがあった。
「美人コンテスト」
と呼ばれるもので、そのコンテストには、その裏で人身売買という裏組織のルートが出来上がっていた。
つまりは表向きのコンテストは出来レースであり、最初から優勝者は決まっていた。この時に実は一人の探偵が、美人コンテストの運営に疑問を持った一人の男に調査を頼まれた。
彼は美人コンテストに参加している女の子のアンネ―ジャーで、裏で何が行われているのかまではよく分かっていなかったが、
「どうやら、これは出来レースらしい」
という話だけは聞いていた。
そのことが彼にコンテストに対しての不信感を持たせてしまい、自ら調査をできないので、探偵を雇ったというわけである。彼にはマネージャーとしての仕事もあれば、立場上、下手に動くことはできない。何しろ、審査される側だからだ。
捜査をしてもらっているうちに、その裏に女の子を巻き込んだ人身売買計画があることを知ると、彼と探偵は、密かにそれをマスコミにリークし、警察にも相談して、秘密裏にこの現場で行われる決定的瞬間の放送を目論んでいた。
形ばかりの審査が終了し、いざ売買の行われる秘密会場にカメラが侵入し、さらに警察の手入れという形で、捜査員が踏み込んでくる。その決定的瞬間をカメラに捉えて、それがそのまま証拠になり、組織の陰謀は闇に消えた。それ以降組織は大人しくなったが、このやり方が一番よかったと思っている。
一気に混乱に乗じることで、相手も何が起こったのか分からない状態で検挙されたのだから、リークした自分たちが確定される心配もない、決定的瞬間を放送する理由は自らの保身にあった。
それも人間の心理である。
「自分たちが安全であることを最優先にして、いかに胡散臭い連中を懲らしめるか」
ということがテーマだったのだ。
主人公は総合的に考えて、一番いい方法を選択したのだろう。社会的にどのような反響を呼び、世の中にセンセーショナルな問題を提起することになるかは、二の次なのだ。
北橋は、その小説を読んで最初は、
「小説家になりたい」
と思った。
似たような思いを純一郎が抱いていることも知っていたが、北橋は小説を書くことを結構早い段階で見切っていた。
「自分には文章力がない」
という思いはなかった。
どちらかというと、何でもそつなくこなすのが自分だと思っていたので、その思いがあるから、逆に小説家にはなれないと思うのだった。
何事も総合的に判断してしまう癖があるので、どこがいいのか、どこが悪いのかということをすぐに理解できないタイプだと思っていた。
そのために、
「何か一つでも特化したものがなければ小説は書けない」
と感じたことで、小説家になる夢は儚くも、簡単に崩れたのであった。
そういう意味では、小説を書くということを諦めない。純粋に前だけを見ている純一郎が眩しく思えた。そして、どうして諦めないのか、その理由がまったく分からず、結局総合的にしか見ることのできない自分を、蔑んでしまった。
純一郎を尊敬していたと言ってもいい。
そんな純一郎の脳波がどうなっているのかを知りたいと思ったのは、今に始まったことではなく、もっと以前からあったものだということを思い出していた。
北橋は、本当はこんな研究をしたいと思っていたわけではない。小説家になりたいという気持ちは純一郎よりも大きく、真剣だったかも知れない。
しかし、そんな自分にはできなかった俊一郎の小説への思いが、プロになりたいという意識ではなく、ただの趣味でもいいという北橋には一番理解できない方向に向かっていることを知る。
「小説を書きづつけるということは、研究を続けるよりもやりがいがあるような気がするんでけどな」
と感じていた。
だからと言って、純一郎を責める気はしなかった、自分というものを理解していたということであり、限界を感じたことには一定の評価すらできるような気がした。それでもどこか北橋は納得いかず、今までいろいろ研究してきた自分が、自分のことで納得のいかない場面にぶち当たるなど思ってもいなかった。
しかし、考えてみればそれも無理もないことである。誰のことを分かったとしても、それは自分の目で見ることができるものであるからだ。自分の姿というのは、決して自分の目だけで見ることはできない。何かに反射させて写し出すか、映像や画像にして何かに映し出すかしか手はないのだ。
だから、自分のことを理解できないというのは一番当たり前のことなのに、その当たり前のことを理解できない自分が不思議で仕方がない。今までならどんなに理解できないと思うことでも少し冷静になれば理解できた。それなのに、こんなに簡単なことが分からない。
いわゆる、
「灯台下暗し」
とでも言えばいいのだろうか。
そう思うと、純一郎を見ていて、彼に裏表があることは自分の中で分析済みだった。
「物事のすべてには裏表がある」
これが北橋の考え方の基本で、それはきっと、以前に読んだ小説の美人コンテストの裏表を題材にしているということを理解してからのことだと思っている。
裏表が存在する純一郎であったが、どちらが裏でどちらが表なのか、北橋には分からなかった。