裏表の研究
などと、オカルトチックな考え方もできるが、石膏像にアリが集るなど、想像しても、その理屈が分からない。
石膏像の想像主がわざと石膏像の顔のところに甘いハチミツでも塗りこんでおいて、穴をあけてでもいれば分からなくもないが、その理由が分からなければ、結局は同じことである。
「これは一体どういうことなのだ?」
と考えると、急に助手は自分が今頭に浮かべた妄想があまりにもバカバカしく、そして恐ろしいものなのかを考えた自分が恐ろしくなったくらいだった。
その妄想は、医学の知識をなまじ持っていることから生まれた。この助手は探偵のように叩き上げの経験から探偵になり、探偵をしながら知識を蓄えていった先生とは違い、自分は最初から探偵として身を立てようとして、助手をしながら若い頃から勉学に励んでいた。年齢としては、まだ未成年だが、現役で大学に在籍していて、心理学や医学関係を学んでいた。
専門は心理学だが、医学に関しての知識お探偵として必要だと感じることで、積極的に学んでいた、ちょうど彼の在学している大学で、探偵の友達の教授がいるので、
「彼のことは私に任せてもらおう」
と言ってくれたので、探偵も安心して任せていた。
探偵の友達の教授は、結構年配で、数年前から学部長をやっている関係もあって、探偵の助手をいろいろ勉強させることへの手杯くらいならいくらでもできる立場にいた。
しかもそれは悪いことに使う立場ではなく、社会貢献に繋がることだけに、誰からも文句の出るはずのないことだった。
ただ、探偵の助手としての立場が公になってしまったことで、他の学生と少しぎこちなくなってしまったことは仕方のないことだろう、
何しろ彼はすでに就職も約束されているわけだからだ、
そんな彼の医学の知識は医学部に籍を置く連中よりもある部分に関しては特化していると言ってもいいだろう。
それは言うまでもなく犯罪関係の医学であり、死亡推定時刻などの割り出しを始めとして、鑑識ができるだけの知識と能力は有していた。ただ実際の鑑識の仕事はできないので、初動捜査において、鑑識が通着する前にある程度のことを知りえることは十分に可能だったのだ。
心理学において、長けているのは探偵も心理学には特化したものを持っていて、
「僕も先生のような心理学を駆使して調査できる探偵になりたいです」
と、公然と言っていたくらいだった。
そんな医学や心理学に長けている助手は、その状況を見ながら何が怖ったというのだろう。甘いものに寄ってくるアリが、なぜ石膏像の隙間にたかっているのか、その理由は、彼が、その穴に鼻を近づけた時に気が付いた。
「何だ、この異臭は?」
と思ったが。それは一瞬のことで、それがまるで死臭であるかのように気付いたのは、またその次の瞬間だった。
そこまで分かっていながら、自分が分かったことについて、さらに疑念を持ったのは、
「そんなことを考えてはいけないんだ」
とまるで感じたことが不謹慎であるかのような思いからだった。
「滅多なことをいうものではない」
と、子供の頃によく親から言われていたが、その言葉が頭をよぎった。
変なことを考えて、それを口にすると、変人扱いされるというところから言われたのだが、もう助手は立派な大人で、しかも探偵の助手という仕事までしている。
それは普通のアルバイトとは違って、一歩間違えば命も落としかねないというまさしく命がけの仕事でもあった。
だが、総合的に考えれば、自分が今考えていることが正解であることをすべての状況が証明しているように思う。それを認めたくないという思いだけが恐怖を伴っていることもあり、余計な気遣いのように思えているのだった。この瞬間がこれから自分が探偵になった時、
「探偵としての醍醐味」
と感じるようになるのではないかと思うのだった。
その穴の向こうにあるものが何なのか、ある程度は想像できた。恐ろしくて言葉にはできなかったのは、きっとまわりに誰もおらず、しかも、シチュエーションとしては実におあつらえ向きな状態だったからであろう。
本当は今すぐにこの石膏像を足で蹴とばして叩き壊したい衝動に駆られた。発見してしまったのだから、それくらいしても一種の現行犯として許されるのではないかというほど、この場のシチュエーションに酔っていた。
それでもさすがに探偵の助手というだけのこともあり、何とか思いとどまって、心残りで後ろ髪を引かれたが、その日は引き上げるしかなかった。本当はもっといろいろ中を探検する予定であったが、この発見はすべてを捜索しても余りあるほどの発見だったのだ。「これだけのことを発見したのだから、捜査令状くらいは下りるだろう」
というのが、助手の考えだった。
そして、そのことで自分が脚光を浴び、先生からは褒められ、警察からも一目置かれる存在になるだろうということを想像しながら、この場所を後にした。
彼は、本当はここまでの楽天家でもお調子者というわけでもなかった。これくらいしなければ、この場所を立ち去るだけの理由を自分に納得させることができなかったのだ。純一郎は読みながらそんな精神病者を行っていた。
果たして翌日になり、助手から探偵に報告され、そして警察を動かした。
警察は踏み込んだが、やはりその部屋は誰もいないもぬけの殻だった。もちろん、発見者の助手と、その命令者であり、保護者でもある探偵が同行したのは言うまでもないことである。
「君が見たのは、どの石膏像なんだい?」
と刑事に言われるままに、彼は記憶の中から無言で、忘れることのできない昨日のことを思い出しながら、一つの石膏像を指差した。
なるほど、そこには真っ白い石膏像にまるでほくろでもできたかのような小さな穴が、首のあたりに空いていて、そこを真っ黒なアリの軍団が這い出していた。真っ暗な世界で見るとそうでもなかったが、このシーンは明るい場所で見る方が、リアルで気持ち悪いものだった。
刑事も不思議そうにその穴を覗いていたが、
「君はこれを何だと思ったのかね?」
と、何をいまさらな質問を浴びせた。
ここまでくれば助手も覚悟が決まっていて、
「女性の死体が埋まっているのではないかと思います」
と答えたのを合図に、刑事はその石膏像を思い切り蹴とばした。
ガラガラという音がして、足の部分が崩れ落ちたが、そこから薄黒い肌が現れた。誰も口を聞こうとはしなかったが、今度は探偵が何を思ったか別の石膏像も一緒に蹴とばした。
さすがにそれを見た刑事もビックリしたが、さらに次の瞬間、その石膏像からも目が離せなくなった。そこからも肌が覗いていたのだ。
「どういうことですか?」
と刑事がいうと、
「ここには数体の石膏像がありますが、そのうちのいくつかに女性の遺体が埋められ居るような気がしたんですよ」
と恐ろしいことを平然という。
まるで最初から分かっていたかのような言い草だった。