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短編集88(過去作品)

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 そう考えればおじさんに会えなかったのは、見えていたのに、まったく違うことを考えていて気付かなかったのではないかという考えも生まれてくるが、それはあまりにも飛躍しすぎる考えで、すぐに打ち消した。しかし、可能性としては皆無ではない。たまたま何かまったく違うことを考えて、それが頭の中で消えなかったとすれば、恐ろしいことである。
 そんな考えが頭の奥に根付いてしまったのか、ポストを見ると、異常に頭の奥にある記憶が騒ぎ出すような気がするのだ。今の家に引っ越してきて初めて駅から帰ってきた時に見たポストは、異常に赤く見えたのが印象的だった。まだ夜の帳が下りきってしまう前の薄暮の状態だった。それが赤く見せた原因だったのだろうか。
 その日は夕焼けの綺麗な日だった。電車から降りて、途中までは夕焼けを見ながら帰ったように思う。しかし、一旦太陽が山の向こうに隠れてしまうと、そこから暗くなるのは早かった。
 まだ夕焼けが瞼の裏に残っているのか、暗くなるに連れて、まわりが青白く見えるようになっていた。しかし暗くなっても足元から伸びる異様に長い影はハッキリ見えていたように思う。
 ハッキリと暗くなっていない空を、青い部分とすでに迫りつつある夜の帳とが共有していた。片方には青さの残った景色が見えるが、薄っすらと敷き詰められた白い雲の向こうにかすかにだが月が光っているのが見える。
 いくら沈みかけているとはいえ、さすがに太陽には勝てないのか、気にして見ていなければなかなか発見することは難しいだろう。
――よく見つけたものだ――
 我ながら感心してしまう。
 夜の世界の中心である月と、昼の世界の帝王である太陽、決して同じ空に存在できないように思えるが、今まで薄暗がりの中で何度となく見てきたような気がする。
 決して出会うことのないという設定を考えると思い出すのが、中学の頃にすれ違うことのなかったおじさんのことである。あの時はただ不思議なだけで、理由を考えても思いつくこともなかったが、今ではまるで月と太陽のように、まったく出会うことのない瞬間にお互いが嵌ってしまったのではないかと思えてならない。
 その考えは時間が経てば経つほど信憑性を帯びてくる。普通だったら逆なのだろうが、自分でも不思議なところである。
 一日を二十四時間という単位で区切っているが、ここには何か意味があるのだろうか?
 一秒の集まりが一分、一分の集まりが一時間、一時間の集まりが一日なのだが、元々の基準は一日なのか、一秒なのか、果たして他の単位なのか、何ら他愛もないことなのだが、気になるとなかなか頭から離れない。
 結論が出ることもなく考えていると、考えていることすら忘れてしまっている。
――一体今自分は何を考えていたんだろう――
 と思った時は、大抵時間の単位について考えているようだ。そのことはまた次に時間の単位について考え始めた瞬間に思い出して、
――今度は忘れないようにしよう――
 と決意に近い思いを頭に描くが、結局同じことを繰り返している。
 一日の中には「凪」と呼ばれる時間がある。
 昼と夜の中間に位置する時間帯のようなのだが、魔の時間として考えられているようである。今では事故が多い時間であったりするが、昔から、
――魔物が出る時間――
 と恐れられていた。
 その時間帯だけ風が止むのだ。昼の時間から夜の時間への移動の中で、避けては通れない時間帯。試練の時間帯が毎日やってくるのだ。
 明るさが中和されるのか、凪の時間帯はすべてのものがモノクロに見えるらしい。それを意識していないから、
――見えているものだけが真実だ――
 という当たり前のことがくつがえされる。
――当たって初めてそこに人がいたのに気がついた――
 というような事故も多かったに違いない。
 中学時代のおじさんとすれ違うはずの時間帯は凪ではなかった。風が吹いていたのをハッキリと記憶しているし、まわりの緑もまだ記憶から消えていない。しかし、中学時代の記憶にしてはあまりにも鮮明すぎるくらいなのが、却って気持ち悪い。記憶の中にあるいろいろな出来事が、今まで一番印象深かったおじさんに出会えなかった中学時代の記憶を好き勝手に着飾っているのかも知れない。
 しかしおじさんを迎えに行った時に、気付くはずの真っ赤なポストの記憶がないということが気になっている、ポストの色は自分にとって独特だったはずだ。おじさんと出会えなかった日以外は、その日の前も後も気になっていたはずである。特に次の日などは、
――どうして昨日気付かなかったのだろう――
 とマジマジと覗き込んだものだ。その時に気になっていたのが赤い色というだけではなく、ペンキを塗りたくっているために斑に見えるデコボコだったことに気がついたくらいだ。決して出会わないはずの月と太陽というものを気にし始めたのも、その頃だったように思う。
 すべてのものに対する物の見方が変わってきた。これを成長といえるかどうか分からないが、自分の中で今までで一番変化があったきっかけを作ってくれた時期であることは間違いない。
 歩くことがさほど嫌いではない勉だったが、それは歩きながら考えごとをするのが好きだからだろう。
 歩いているといろいろな情景が目に浮かんでくる。何しろ表を歩いているのだから、無限に広がっている空を目の前に見ることができ、
――空が広がっているのは当たり前――
 と思っていては感じることのできない感覚だ。
 吹雪の中を抜けるようにして歩いていた時、家に帰り着いたという記憶がない。どこかで記憶が飛んでいるのか、それとも、帰り着いた時には疲れ果ててそのまま寝てしまったのか、記憶にはないのだ。
「あの日の俺はどうしちまったんだろうな」
 妻に話してみた。
「あの日っていつのことを言っているの?」
「ほら、この間の吹雪の時さ。あの時は前を見るのも大変で、かなり疲れ果てて帰ってきたんじゃないかな?」
「ああ、あの日のことね。確かに玄関口でいきなり眠ってしまったことがあったわね。」
 妻は覚えていたようだ。
「そうそう、その日のことだよ。吹雪で大変だったんだからね」
「吹雪? おかしいわね、あの日は雪なんて降ってないわよ。逆に風もなくて気持ち悪いくらい生暖かかった日だわ。でもそういえばあの時のあなた、身体が少し濡れていたのよ。どうしてなんだろうって思ったわ」
 身体に着いていた雪が溶けて、濡れているように写ったのだろう。だが、雪が降っていないどころか、風もなかったなんて信じられない。あの雪のトンネルは夢だったのだろうか?
 凪の時間に歩いていると、本当に風が止んでしまうのかということをいつも気にしている。だが、なかなか夕凪の時間帯に表を歩く機会がないのも事実である。営業するのに歩いていることがあるが、それは都会の雑踏の中を歩いているので、風が止まっているのを感じるのは不可能に近い。人の流れによって作られる人工的な風も多分に含まれているのだろう。参考にはならない。
 しかし、歩いていると、
――なるほど、モノクロに見えなくもない――
 と思える時間帯が確かに存在しているようだ。しかしそれも、
――夕凪の時間帯には、モノクロに見える時間帯があるんだ――
作品名:短編集88(過去作品) 作家名:森本晃次