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短編集88(過去作品)

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 それでも失恋した瞬間には何も考えられない。鬱状態が一気に襲ってくるのだ。人の笑顔を見れば、思わず微笑み返したくなるような性格だと思っていた自分が、笑顔が一番辛く感じる時である。
 男と女の違いこそあれ、
――どこかに行ってしまいたい――
 だとか、
――消えてしまいたい――
 などという考えが浮かんでくることすらあった。
 最初は片想いの失恋だったのだが、その落ち込みようはひどいものだった。
 好きになった相手に彼氏がいたという理由なのだが、基本的に相手のいる人に対しては愛情を抱かない性格だったはずだ。しかし、好きになった人は違った。彼女に好きな人がいて、その人とすでに付き合っていると聞いた時、本当の自分の気持ちに気付いた気がしたのだ。
 別に裏切られたわけではない。勝手に好きになったのは自分なのだ。そんなことは分かっている。
――いつもなら諦めるのに、今回はどうして諦めきれないんだ――
 と自己嫌悪に陥り、そのまま鬱状態の袋小路に迷い込んでしまった。
 鬱状態というのは袋小路である。
――いつも歩いている角を曲がるとそこにポストがある――
 それが当たり前の世界の中に暮らしているが、時々、
――本当にポストがあるのか、信じられない――
 と感じる。
 普段よりも世の中が薄っすらと黄色かかって見える。まるで夕方の西日が落ちる瞬間のようだ。モノクロに見える瞬間、いわゆる「夕凪」の状態だ。そんな時に足元から長く伸びている自分の影を見ると、まるで顔のない自分から睨まれているようなおかしな気分になる時がある。そんな時、自分のすべてが信じられなくなるのだ。 鬱状態の時、すべてのものが黄色く見えるのは、そんな夕凪を意識しているからかも知れない。
 だが、夜になると、今度はすべてのものがハッキリと見えてくる。鬱状態でない時よりも、すべてがハッキリと見える。信号機の赤と青もクッキリと見えていて、逆にぼやけてない分すべてが一回りくらい小さく見える。それも鬱状態での特徴である。
 失恋した時もまったく同じだった。袋小路に入り込んだ気がしてくると、鬱状態が襲ってくる。分かっていたような気はするが、普段の鬱状態とは明らかに違う。
 普段の鬱状態の時は、鬱状態が長く続かないことを自覚している。だからといって気が楽になるわけではないが、失恋の場合は、いつ抜けるとも分からない袋小路に入り込んでしまったことで感覚が麻痺してしまいそうであった。
 だが、失恋とて、いずれは傷が癒えるものである。それがいつなのか見当がつかないというだけで気持ちが悪い。
 だがそんな夕凪の時間帯であったが、散歩をするようになって何かを期待するようになったようだ。何を期待しているのか最初は分からなかったが、影を見つめていると、自分の気持ちが分かるようになってきた。
――寂しがっているんだ――
 ということは、求めているのは出会い。どんな人と出会いたいというのだろう。
 夕方散歩していると自分が鬱状態に陥ったように感じ、人を信用していないからだと思っている。
 だからといって自分を信頼しているというのだろうか? 一番信じられないのは自分ではないだろうか。
――自分が信じられないから、人も信じない。人が信じられないから、鬱状態なのだ――
 と思うこともあれば、
――鬱状態なので、人が信用できない。人が信じられないから、自分も信用できない――
 ということにもなる。要するに「三すくみ」の関係なのだ。
 そんな時、気持ちに余裕などあるはずもない。あるとすれば冷静に見つめることのできる他人として表から見ている目だけである。しかし、冷静に外から見つめているだけで、中の自分の気持ちを把握できているわけではない。結局、冷静に見つめることができたとしても、解決策でも何でもないのだ。
――定期的なもので、長続きしない――
 と思ってみても、袋小路に入り込んでいる自分に分かるはずもない。そのうちに表から客観的に見ているもう一人の自分が、本当の自分の身体に戻れる日を待っているしかないのだ。
 三すくみを感じるようになると、意外と鬱状態からの出口が近いようだ。見えているものは相変わらず黄色かかっていて、夜はクッキリと一回り小さく見える。だが、心のどこかに袋小路の出口が見えているような気がしてくることが、三すくみのどれかを潰すことで分かってくるようだ。
 一番潰しやすいのは、きっと人を信用することだろう。一番簡単そうに見える自分を信じることが一番難しい、だから、自分を信じることと、鬱状態との間にかなりの距離がある。正三角形でないことに気付くことが、鬱状態の入り口を見つけることになる。
 一番人を信用することができる早道は、出会いを求めることだろう。それも新鮮な出会いである。新鮮な出会いとは、もちろん相手が女性であることは条件だが、では一体どんな女性がいいというのだろう。あらためて四郎は自分の好みの女性を思い浮かべる。
 どうしても最初に女性を感じた人が頭に浮かんでくるのは仕方のないことだ。四郎の好みはそれまで紆余曲折してしっかり定まっていなかったが、最初に女性を感じた人の出現から、その方向性は決まっていった。
 途中微妙な修正を行いながら次第に固まってくる自分の好み、そんな時に現われるのが鬱状態で存在を感じたもう一人の自分である。時々現われては本当の自分を見つめている。鬱状態の時と違って、その存在は実際の四郎にも分かっている。
 初めての女性はすぐに四郎から離れていった。理由も分からずにだったので、四郎としては鬱状態に入ったことは言うまでもない。
――遊ばれていたとはどうしても思えない――
 それは間違いないだろう。
 どちらかというと彼女は四郎に何かを求めていた。積極的な行動を求めていたに違いない。しかし、それまで童貞だった四郎に、女性が積極的になってきた時、どう対処していいか分かるはずもなく、一人頭の中でパニックになっていたようだ。本当は何でもいいから話題を作ってあげればよかったものを、話題を作ることもできない。それだけ一般的な知識が欠如していたのだ。
 そのことが四郎の本当の性格を目覚めさせることにもなった。
――自分は好奇心旺盛なのではないだろうか――
 何とか話題を作ろうと、いろいろな本を読んでみたりしたが、次第に面白くなってくる。少しずつ知識を増やしていくことにこの上ない喜びを感じるようになっていった。
 そんな時に出会ったアキちゃん、居酒屋で見かけた時から、
――まるで以前から知り合いだったような気がする――
 と感じていたが、まったく違う雰囲気を持って、公園で犬の散歩をさせている彼女を見た時、自分の考えに間違いのなかったことを今さらながらに感じるのだった。
 アキちゃんは四郎を見かけた時の最初の目、それは数年来の知り合いに出会ったような大袈裟な喜び方をしていた。まるで違う人と勘違いしているかのようである。だが、目の前にいるのが四郎であることに気付くと、落胆はしなかったが、冷静なもう一人のアキちゃんが現われた気がした。
――自分だけじゃないんだ――
作品名:短編集88(過去作品) 作家名:森本晃次