短編集88(過去作品)
もう一人の自分を身体の中に抱え込んでいるのが自分だけではないことに初めて気付いた。いや、他の人にも言えることかどうかはハッキリしないが、少なくともアキちゃんだけは、もう一人の自分を身体の中に持っている。
犬の嗅覚は人間の何百倍とも何千倍とも言われている。人間ですら気持ち悪くなるような匂いが近くにあっても、さすがに犬が死んだという話は聞いたことがない。確かに苦しいかも知れないが犬は言葉を喋るわけではないので分からない。きっと順応性のある嗅覚を持っているのだろう。
人間にもそれぞれ匂いがあって、その匂いで犬は言語よりも鋭く人間性を見ているのだろう。
――犬は人間を裏切らない――
と言われるのもそのためではないだろうか。
四郎はアキちゃんの匂いを嗅いで、まるで自分が犬になったかのような気持ちになった。そばにいて落ち着く匂いが近くにあり、散歩していて一番感じたい「余裕」というものをアキちゃんが持っていることに気付いた。
四郎の好奇心は最高潮に達している。今まで自分に好奇心などあるのだろうかと感じるほど、まわりを冷めた目で見ていた。人と同じ行動をすることに違和感を感じる四郎は、人に興味を持つことを嫌っていた。しかし、思春期になるとさすがに四郎も他の男子のように女性への興味をそそられる。それは誰もが通る道で、成長過程では避けて通れないものだ。
――そういえば中学の頃だったか母親が言ってたっけ――
母親の顔を思い出していた。
「お前には何でも興味を持ってほしいってことで四郎って名前にしたんだよ」
最初は分からなかった。だが、ワープロを使うようになってハッキリと気付いたのだ。
一発変換がなかなかできず、最初に出てくるのが「知ろう」だったからだ……。
( 完 )
作品名:短編集88(過去作品) 作家名:森本晃次