短編集88(過去作品)
大学に入ってからずっと都会での生活をしてきて、三十歳を過ぎてからここに引っ越してきたので、最初こそ田舎道に違和感があったが、最近では慣れたものだ。だが、年齢には勝てないのか、仕事で遅くなるとさすがにきつさを感じる。歩いていて、子供の頃を最近は思い出すようになってきた。
子供の頃に住んでいたところは住宅街などない、本当の田舎の街だった。見渡す限りの田園風景、二キロほど歩けば国道がいつもの道と平行して走っているのだが、そちらへ出ることはほとんどなかった。
学校と家の往復が多く、学校には校区が決まっている関係で、国道沿いの人たちは皆違う学校だった。
中学時代は部活に精を出していて、バスケットをやっていた。学生時代で唯一スポーツをしていた頃だった。
あの日は、学校が半日で、部活もなかったので、確か土曜日だった。昼から予定もなく、帰ってきて昼食を摂っていると、母親が話しかけてきた。
「勉、今日昼からおじさんが尋ねてくるんだけど、迎えにいってあげてくれないかしら」
と言われた。
おじさんというのは、父親の弟にあたる人で、いつもお土産を持ってきてくれる優しいイメージのある人だった。ちょうど予定もないので、
「いいよ、駅まで行けばいいんだよね?」
「うん、ごめんだけどお願いするね」
と言われて家を出た。
季節は初夏だっただろうか。歩き始めてすぐに背中の方に汗が滲んできた。ゆっくり歩いていると爽やかな風が吹いてきて気持ちはよかった。しかし、さすがに学校から一旦帰ってきて落ち着いた気分になっていただけに、いつもよりも若干足が重たかったのも事実である。
駅までの距離と学校までの距離はさほど変わらないが、方向はまったく逆である。普段歩くことのないところを歩いていると、学校までの距離よりも遠く感じられる。特に時間帯が一番暑い時である。アスファルトからもやっとした空気が浮き上がっているのが見えて、余計に蒸し暑さを感じさせられた。
駅までは一本道。途中、小高い丘のようなところを越えていくことになるのだが、そこがちょうど中間点になる。そこまではかなり遠く感じられるが、丘を越えると、
――半分過ぎたんだ――
という意識が働き、見えないまでも、駅までかなり近づいたように思える。家から見ていれば丘しか見えない。その向こうにある駅を想像するが、あっという間のように思えるのだ。それこそ心理の錯覚というもので、錯覚があるからこそ、途中の丘を目標にできるのだろう。
丘までやってくると疲れは次第に引いてきた。軽い下り坂が心地よい。本当は、下り坂は足に負担が掛かって嫌なのだが、ここだけは別。今まで負担が掛かったなど考えたこともない不思議なゾーンだった。
とにかく駅までは一直線、歩いて十五分程度のものだろうか、おじさんが駅に着く時間を見越してのことだったようで、電車が着く時間を聞くとまだ二十分あるということだった。
そういう話を聞くと、ゆっくり歩いてみる気分になるのも無理のないことで、途中、普段気にしないようなところを見ながら歩いたものだ。田園風景が広がる遥か向こうには山が連なっている。冬になれば真っ白な雪化粧に変わってしまうところで、普段は気にしてみることもない。ある意味、山肌が見える方が勉には珍しかった。
――普段見えているものでも、気にならないと見えていないのと同じことなんだな――
アスファルトのすぐ横にある乾いた溝に、石ころがいくつも落ちている。それを見ながら気にしていないためにあっても見えないものの代表として、石ころを今自分が気にしていることに気付いていた。
歩く時はいろいろなことを考えている。自分のこと、学校生活のこと、将来のこと、そんなことを考えていると、まわりのものが一切気にならなくなってしまう。
足元を見ながら歩いている時があるが、それは中学時代までが多かった。前を見て歩くようになったのは、きっと石ころの存在に気付いたからかも知れない。それとも、この日の不思議な経験が、前を見るようにさせるきっかけを作ったのかも知れない。だが、その日は普段下ばかり見て歩いていることなども忘れたかのように、絶えず前を見て歩いていた。
――おじさんとすれ違うことを考えているのかな?
その日の歩き方はゆっくりだった。気がつけば家を出てからそろそろ十五分が経とうとしている、それなのに、やっとさっき丘を越えたばかりだった。
いつもは時計を見て、時間配分をしながら歩くはずなのに、その日は余裕があると最初から分かっていたので、時間配分することもなく歩いていた。しかし、それにしてもこれほど時間の感覚が狂っているとは、自分で考えているよりも足が重たかったのではあるまいか。
最初は背中にじんわりと滲んでいるだけの汗だったが、今度は額からも流れてきた。完全に焦っている証拠である。
――約束した時間に遅れたことがない――
これが自慢の勉だった。約束したのは自分ではなく、親切で迎えにいくだけなので、そこまで責任感を負う必要はないのだろうが、自分の中で許せないのだ。実直といえばそれまでだが、悪くいえば融通が利かないといえなくもない。
短所と長所は紙一重だというが、まさしくそうである。責任感の強さが裏を返せば、融通の利かない性格へと変わってしまう。
――では、融通の利かない性格の裏返しはなんだろう?
本当に責任感の強さに帰ってくるのだろうか? ちょっと違うような気がしてならなかった。
鏡を見ていても時々思うことがある。
――鏡って、本当に左右対称の姿を映し出しているんだろうか――
さらに捻った考え方だが、
――左右対称なのに、上下対照に見えないのはどうしてだろう――
平衡感覚というものが、左右にあるのは、目が横についているからだろう。横になってみれば上下対照に見えるではないか。そう考えると、本当に鏡が真実を映し出しているものなのかを疑いたくもなってくる。
直球一本で考えるくせに、余計なところで捻った考えをすることがある。それだけいつも何かを考えているということだろう。
一つのことに集中するとまわりが見えなくなるタイプというのは、往々にして、同じようなところがあるのだろう。勉がその代表のように思えてくる。
歩きながらそんなことを考えていた。まわりに何もない単調な道を歩いていると、どうしても何かを考えてしまう。発想が発想を呼び、飛躍した考えになってしまったに違いない。見えてくるはずの駅が本当に見えてくるのさえ疑っていた。
だが、そんな心配も駅に近づくにつれて次第になくなってくる。駅に着いた頃には、そんな余計なことを考えていたなど忘れてしまっている。
時計を見ると電車が着くはずの時間から十分近く遅れてしまった。普段考えごとをしていても、ここまで遅れるなど信じられない時間である。
――どうしたんだろう――
足取りが次第に軽くなってくる。まるで宙に浮いたようなほど身体が軽い。さっきまでそれほど重たいと思っていなかったが、実際にこれだけ遅れているのだ。自分が考えているよりもはるかに足が棒のようになっていたのかも知れない。
作品名:短編集88(過去作品) 作家名:森本晃次