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短編集88(過去作品)

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 喫茶店では他愛もない話をしていたが、彼女の感性が普通の人と違っていることに初めて気がついた。旅先での話の中でも突飛な話をしていたのだろうが、それを突飛と思わなかったところが、斉藤の性格でもあるのだ。
 まず相手の話をすべて受け入れようとする。少々おかしな発言をしても、それはその人の性格だということで、次に話す時に自分が分かっていればいいのだ。
 旅先ということで、気分的にも大らかな気分になっていたことから、突飛な発想も、おかしなことだと思わなかったのかも知れない。まったく知らない土地で出会い初めて話をする人、新鮮さだけでも本物である。
 確か空を見ながら星の話をしていたように思う。
「手を伸ばせば届きそうだね」
「ええ、でもあの光は一体いつ光ったものなのかしら? 光のスピードでも何百年、何千年と掛かるところからなのよね。私たちが生まれるずっと前のものなのよ」
「ということは、今光っているところには、本当に今見えているものがあるとは限らないんだよね」
「そういうことになるわね。でも、相対性理論からいくと少し違うかも知れないわ」
 人の話は遮ることなく聞く方なので、もう少しその話をしていたはずなのだが、そこから先は難しかったからなのか、それとも興味がなかったからなのか覚えていない。きっと難しかったのだろう。
 最近記憶力が薄れてきたことを気にしている斉藤は、簡単なことでも覚えられなくなっていた。元々人の顔を覚えることが苦手だった。きっと、覚えようと思っても、人ごみの雑踏の中で、見なくてもいい顔が目の前に飛び込んでくると、気にしているつもりはないのに気にしてしまうのか、その前に見た人の顔を忘れてしまうのだ。
 残像すら残っていないのは、
――○○さんに似た顔だ――
 という覚え方をしていたのだが、肝心の○○さんの顔を覚えていないのだからどうしようもない。物覚えの悪さが人の顔を覚えられないという致命的なトラウマを自分の中に埋め込んでしまったようだ。
 だが、おかげで想像力はたくましくなったような気がする。星を見ていていろいろな発想が浮かんできたが、そのところどころは記憶にある。記憶力が落ちたといっても、すべてが落ちたわけではない。印象に残っていたり、想像力の賜物であったりするところはしっかりと覚えていたりするのだ。
 喫茶店に現われた彼女は、フリルのついたスカートを穿いていて、メルヘンチックな少女のイメージだった。イメージを最初に見たからだろうか、話がところどころで飛躍するところがあっても、違和感はなかった。
――こんな女性と付き合っている男性ってどんな人なんだろう――
 と想像してみたが無理だった。
 次の待ち合わせをすることはなかったのだが、翌日になって電話が掛かってきた。
「明日、会えませんか?」
 その声は電話を通して聞くいつもの声よりさらに低く、よく聞いているとすすり泣いているように聞こえる。どうも尋常ではないようだ。
「どうかしたんだい?」
「うん、ちょっと相談したいことがあるの。彼氏のことなんだけどね」
 メルヘンチックで、突飛な発想をすることが魅力の彼女の言葉とは思えない。もちろん付き合っているわけではないので、そこまで義理を感じる必要もないのだろうが、放っておけない気がするのは、まるで妹のような気分になりかかっていたからかも知れない。
「いいよ、でもそんなに急なの?」
「とにかく誰かに聞いてもらいたいの」
 兄貴冥利に尽きるとはこのことだ。かわいい妹の困った顔を見たくない一心で、すぐにOKしたのだった。
 次の日の朝、さっそく約束してあった駅のコンコース前にある喫茶店に出向いて行った。少し早めに駅に着いて喫茶店に入ると、他に客は誰もおらず、コーヒーの香りだけが店内に充満していた。窓際の席に座ることでコンコースを一望できることもあってか、ゆったりとしたソファーに身を預けていると、ほのかな暖かさが睡魔を誘う。
 朝食を食べていなかったので、パンの焼ける匂いと、バターのまろやかさが香ばしさを醸し出しているようで、食欲がそそられる。
 モーニングセットという言葉の響きもいい。ベーコンにスクランブルエッグとサラダが絶妙に見えるのも、朝をのんびりと過ごしたいという気持ちの表れなのかも知れない。
 大学生は比較的朝をのんびりできる。特権のようなものかも知れないが、それをどのように感じるかで、その日が決まってしまうのだ。
 約束の時間まで、なかなか時間が経ってくれない。確かに来るのが早過ぎはしたのだが、――二十分近くは経っているだろう――
 と思って時計を見るが、実際には五分くらいしか経っていなかった。
 嫌な予感がしていた。こんな感覚を以前に味わったことがあるからで、あの時は、確か相手に三十分近く待たされた時だった。最初の十五分がかなり長く感じたのではなかっただろうか。
 待ち合わせの時間が過ぎても彼女は現れようとはしない。
 以前三十分待たされた時は、携帯電話など持っていなかったので、連絡の取りようがなかったが、今回は携帯電話がある。約束の時間を少し過ぎたところで彼女から連絡があった。
「ごめんなさい。三十分ほど遅れそうなんだけど、いいかしら?」
「いいよ、ここで待っているから、ゆっくりしておいで」
 三十分くらい、最初から分かっている時間なので、それほど長く感じるものではないだろう。そう感じた斉藤は、快く電話で答えた。
 以前違う女性から待たされた時の三十分は、前半は長く感じたが、後半の十五分はあっという間だったように思う。
――待つことに慣れたのかな――
 とも思ったが、以前とその日の感覚は違っていた。
 いつ来るか分からない人を待っているのは、辛いものではあるが、それなりにスリルがあったような気がする。しかし、必ず来ると分かっている人を待っていると、気持ち的に余裕があるせいか、逆に時間がなかなか経ってくれない。
 待ち合わせという行為だけをとって考えられないのだ。待ち合わせて、それからどうしようかと考えるのは、来るか来ないか分からない時の方が、いろいろな想像ができる。それだけ時間を使って考えていられるからだろう。必ず来ると分かっていると、想像してもどこか奇抜な発想ができるわけではなく、
――コーヒーを飲んでいる間にどんな話をしようか――
 という程度のものであった。
 ただ、よそ見をする時間が増えているのは事実である。最初店内に、他の客は誰もおらず、客は自分だけだったが、気がつけば数人の客が入ってきていた。
 ほとんどが一人の客で、朝の時間を一人でゆっくりしたいと思っている人が多いのかも知れない。斉藤もその日が待ち合わせでなければ、同じような気持ちでゆっくりコーヒーを飲んでいることだろうが、彼らの表情は一様に暗く感じるのはなぜだろう?
――一人でゆっくりコーヒーを飲んでいる時の自分も同じように暗く見えるのだろうか――
 思わず苦笑いをしてしまった。だが、一人でコーヒーを飲んでいる時に他の人の顔を見てそんなことを感じたことはない。きっと同じようにコーヒーを一人で飲んでいても、その時の心境でまったく違った光景に見えるのだろう。何が基準なのか分からないが、
作品名:短編集88(過去作品) 作家名:森本晃次