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過去への挑戦

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 ある日、いつものように皆で鬼ごっこをしていたが、普段は塾があってなかなか付き合えない友達が、その日急に、
「塾が休みになったので、俺も混ぜてくれないか?」
 と言ってきた。
 仲間は四人だったので、鬼ごっこをするとしても中途半端な気がしていた。鬼が一人に、隠れる人間が三人では、少ないと思うのも無理はなかった。
「ああ、いいよ」
 別に相談することもなく、皆声を揃えて賛成した。
「よかった」
 と、安堵した新たな仲間だったが、彼は今まで鬼ごっこはおろか、友達と表で遊ぶことはほとんどなかった。
 この時期、第一期受験戦争というべきか、学習塾に通う子供が増えてきた。家庭が裕福になってきたせいもあるのか、それとも、学歴社会というのが、社会に浸透してきたからなのか、それとも親のただのエゴなのか、とにかく子供の意見は二の次に、有無も言わさず学習塾に通わせる親が増えてきたのは事実だった。彼もそんな親の命令と会っては断りきれず、不本意ながらに塾に通うことになったのだ。
 その日は、塾が休みということで、親から遊んできていいと言われて、ワクワク気分で皆のいるところに現れたというわけだ。
「お母さんが初めて皆と遊んでいいっていってくれたんだ」
 と思うと、少年は嬉しくなった。
 彼は有頂天になって友達のところに駆け込んだ。それでも一抹の不安がなかったわけではない。
――もし、仲間に入れてくれなかったらどうしよう?
 というのが非常に怖かった。
 せっかく母親が遊んでいいと言ってくれたのに、もし皆から拒否されたら、自分の立場がないと思ったからだ。
「お母さんは自分が友達から仲間に入れてもらえると信じたから、遊んできていいと言った。そして、友達は俺が塾をさぼったのではないかと思っていたとすれば、それはまったくの誤解だ」
 母親と友達の間に入ってジレンマに陥ってしまった自分をどうすればいいのか、最初あんなに嬉しくて有頂天になった気持ちがあっという間に奈落の底であった。
 だが、友達はそんな彼の心配をよそに受け入れてくれた。それだけにさらなる有頂天になったとしても無理はないだろう。
――俺は、もう皆と仲間同士なんだ――
 という思いが爆発しそうであった。
――遊びの内容は鬼ごっこだという。やったことなかったけど、自分にできるかな?
 そう思うと、ドキドキものだった。
 まるで冒険活劇の主人公にでもなったかのように、胸躍るとはこのことだろう。
 それに、皆が仲間意識を持ってくれているので、安心だった。自分が初めてだということもきっと分かってくれるはずだ。そして、
「教えてやるから、安心していいぞ」
 と優しく言ってくれると思っていた。
 実際に、皆は優しかった。鬼ごっこをしたことがないと言っても誰も驚かず、おかしな目で見られることもなかった。優しく教えてくれてそれが嬉しかった。
 最初は、じゃんけんでオニを決める。自分がオニになることも何度かあったが、ほとんどは逃げる方だった。
 逃げる範囲は限られていたが、ふと目に見えたものが目に止まった。それは霊倉庫だった。人間が隠れるには少々小さいが、子供だったら問題なかった。一層式の冷蔵庫、今では骨とう品級のものだが、その頃は粗大ごみとしては普通だったのかも知れない。
 ちょうど日暮れが迫っているということで、誰もが、
――できたとしても、あと二、三回くらいのものだろうな――
 と思っていたことだろう。
 彼ももちろん、そのつもりだった。
「もういいかい?」
「もういいよ」
 いつも変わらない声で鬼ごっこの最終ラウンドが開始された。
「ここだ」
「あっ、見つかったか」
 と、どんどん発見されていく。
 鬼ごっこを飽きもせずに続けていくと、見つける方もそうだが、見つかる方も、
――いつ頃見つけてくれるのか――
 ということも分かってくる。
 ここまで毎日続けてくると、逃げる方も、見つからないことを目指しているわけではない。どこに隠れたら、どれくらいで見つかるかということを予想して、その予想がピタリと当たるのを目指していた。彼らはそれを一歩先だと思っているが、本当はどうなのか、そんなことが分かる人などいるはずもないのだが。
 四人目が見つかると、見つける方も満足だった。
「よし、皆見つけたぞ」
 と、誰か一人忘れているのに、なぜか誰も気づかない。
 夕日が沈むのを意識していたからだ。別に意地悪で誰も思い出せないわけではなかった。西日の魔力というのは実際にあるもので、その日臨時の形で入ってきた人間の存在を完全に消してしまったのだ。
 その時、臨時傘下の男の子はどうなったのか?
 読者諸君には分かり切っていることだと思うが。例の冷蔵庫い閉じ込められていた。
 元々ちょっと小高くなったところに斜めに放り出されていた冷蔵庫だっただけに、最初から斜めになっていた。無造作に置かれていた冷蔵庫に入った瞬間。それまで動かなかった扉が閉まり、中から開けることができなくなってしまった。
 表にはちょうど、こちらも無造作に置かれた気の柱のようなものが、冷蔵庫の蓋が締まる神童で崩れ落ちてきて、それがそのまま冷蔵庫の蓋を抑える形になり、ロックが掛かってしまったのを同じようになっていたのだ。
 鬼ごっこから皆引き上げてくる。家に帰って皆夕飯を食べていたが。その時、慌てて電話してきたのが、彼の母親だった。
「うちの子が、皆と一緒に遊ぶと言って出て行ってから、まだ帰ってないんです」
 ビックリした電話に出た母親が、夕飯を食べているわが子に聞く。
「今日、皆ちゃんと帰ったのよね?」
 と聞かれ、最初は電話の内容をまったく知らない息子はキョトンとしていたが、急に顔色が変わって、
「あっ、そうだ」
 と言って、母親にこたえる暇もないほど慌てて、表に飛び出した。
 目的地はもちろん、さっきまで遊んでいた粗大ごみ置き場になっている空き地だったが、他の子供も同じように電話で気付いたのか、慌てて集まってきていた。
 しかし、すでに日は沈んでしまっていて、街灯も明かりもないところで捜索もあったものではない。子供の浅はかさではあるが、取るものもとりあえずやってきた行動力は評価してもいいかも知れない。
 さすがに親たちはそのあたりは心得ているのか、子供のあとを追いかけながら、懐中電灯を持ってきてた。子供と親が一緒になっての捜索になったが、そのうちの一組の親子は、当時の派出所に行って、警官を連れてくることになった。巡査もビックリして、本部に連絡を入れて、自分も捜索に加わった。
 空き地ではさすがに、隠れるところは限られていると、誰が最後にどこに隠れていたのか確認すれば、残った場所は数か所しかない。したがって、難なく冷蔵庫に目を向けることができ、しかも、入木血がふさがっているという状況を見れば、皆どうしてそうなったのか、瞬時に理解したことだろう。
作品名:過去への挑戦 作家名:森本晃次