過去への挑戦
前の建て替え時期というのと、風景的に変わったところがあるのだろうか。ビルなどの耐久年数から考えると、以前はまだ昭和だったのかも知れない、昭和がどんな時代だったのかというのを知っている人はすでに中年以降になっていて、それを考えると時代の進むのは何と早いことかと、昭和を知っている人は感じることだろう。
特に年齢は進めば進むほど、時間が経つのが早いと言われる。門倉刑事にはピンとこないだろうが、鎌倉先生あたりになると、そろそろ感じ始める頃ではないだろうか。
元々が同じくらいに建設されていて、似たような素材や建築方式なら、耐久年数もほとんど変わりないだろう。特に建設ラッシュの時代でも建設基準というものがあり、それにパスしなければ建設できないのがいつの時代でも同じことだ。
建設ラッシュであれば余計に、合格ラインギリギリのところでコストを抑えて作るだろうから、どこも耐用年数などは似たようなものだろう。そうなると同じ時期に建設したものは同じ時期に耐用年数を迎えるのは当然のこと、どこの会社も、何かが起きない限りは耐用年数まで粘って、立て直しを遅らせることを考えるであろう。
ただ、老朽化が激しいところは、ところどころでメンテナンスを行い、何とか持たせてきたところもあり、少しは延命になっただろうが、それでも数年違う程度であろう。実際にビル自体の建て直しともなれば、最低でも一年、下手をすれば数年の時間が掛かってしまう。そうなると、少々の延命で持ちこたえてきたところでも耐久性がなくなり、建て直しを余儀なくされる。そうなると、結局は同じ期間に建て直しということになり、街全体が死んでしまうことになりかねない。
そこで、行政を巻き込んでの大型プロジェクトとして行えば、面目も立つというものではないだろうか。
最近、どこもかしこも建て直しをしているのは、そういうことなのであろう。
「そういえば、二月、三月になると、やけに道路工事が多いな」
と言っている人の話を聞く。
「それはそうさ。国土交通省は年間予算が決まっていて、年度末までには使いきってしまわないと、その次の年には削れれるって話だぜ。だから、年度末になると工事をして予算を使いきらないといけないのさ」
「じゃあ、辻褄合わせってことかい?」
「ああ、そうさ。サラリーマンが年末になると収めた税金の調整をするのに、年末調整ってのを出すだろう? それと同じようなもので、道路などの公共工事の予算を俺たちは年度末調整と呼んでいるのさ」
と言っている。
「なるほど、うまいことをいうな」
そう言って笑っているが、まさにその通りだ。
だが、老朽化にともなう工事は、そうもいかない。待ったなしでもある。今までに何度も都市開発を進めてきたツケが回ってきたというであろう。
今の若い人はほとんど知らないだろうが、あれは今から二十年くらい前のことで、あの時は元々民家だったところが立ち退いて、新しくビルを建てることになっていたのだが、そのビルで自殺騒ぎがあった。
そこで首吊り自殺があったのだが、最初はその動機がハッキリとしなかった。首を吊ったのは大学生の青年だった。まだ一年生で未成年だったが、地元の大学に一浪して入った大学に、自殺をする前までは普通に通学していたのだ。
彼には自殺をする理由が見当たらなかった。成績が悪いわけでおmないし、苛めのようなものがあったわけでもない。ただ、彼は秘密主義なところがあって、よほど親しくなければ彼のことを詳しく知っている人はいなかった。
警察がいろいろ大学で事情聴取しているうちに分かったことだが、彼と普通に友達だと思っていた連中にもそのことは自覚がないようで、その話を聞くと、皆ビックリしていた。
それでますます、彼の自殺の原因が分からなくなったのだが、ある友達から得た情報によると、
「あいつ、実は女子高生の女の子と付き合っていたんだ。それは真剣な付き合いだったと思うよ。珍しくウキウキして俺に話してくれたからね。刑事さんたちも捜査していて彼があまり自分のことを人に話す性格ではないことは知っているでしょう? いつも聞いていたのは僕だったんだ。だから僕は彼のことなら何でも分かるって自負しているんだ。ひょっとすると本人よりも分かっていたかもね」
と話した。
「じゃあ、自殺について何か分かるかい?」
「ああ、分かるよ。これについちゃあ、あんたたち警察にも大いに責任があるんだけどな」
という気になる前置きをした。
「ん? それは聞き捨てならないな」
と刑事が少し不満そうに呟いた。
聞かれた男はそれには敢えて触れず、話し始めた。
「あいつが自殺する一月ちょっと前くらいかな? あいつが自殺した工事現場である事件があったのを覚えていますかい?」
と聞かれて、刑事はピンとこなかった。
「ねっ、それくらいのものなんですよ。警察なんて。こっちとしちゃあ、本当に許せないことではらわたが煮えくり返っているのに、警察の方じゃあ、さっさと終わったことになってる。一生消えることのない傷をたくさんの人に与えておいてだよ。俺だって、本当は殺してやりたいやつが、何人もいるさ」
それを聞いて刑事もただ事ではないような気がしてきた。
「殺してやるなんて穏やかではないね」
「お前ら警察が腰抜けだからな」
だんだんと喋り方も横着になっていくが、こんお雰囲気はやはりただ事ではない。
彼は続ける。
「あんたら警察にとっちゃあ、毎日のように起こることなので、感情がマヒしちまってるのかも知れないが、当事者はそうはいかない。その瞬間に時間が泊まっちまって、その時計を動かすのに、それだけの力と勇気が必要なのか。国家権力といっても、しょせんその程度だって思わせるような事件だったよ」
「一体。どういうことなんだ?」
刑事はイライラもしてきた。
「本当に忘れちまったのか、知らないようだな。じゃあ、教えてやるよ。今から一月とちょっと前、ここを夜に塾の帰りに通りかかった一人の女子高生が、暴行されたんだよ。バイクに乗っていた暴漢に襲われてな。男は女の子を見つけると、急いでバイクから降りて、用意していたクロロフォルムを嗅がせたんだ。そして誰もいない工事現場に連れ込んで、暴行したのさ。本当に知らないのか?」
「すまない。毎日のようにいろいろな事件が起こるもので」
と刑事は言い訳をした。
その言い訳がまた彼の神経を逆なでしたのだろう。彼の声はどんどんと大きくなってきた。彼は次第に興奮の度合いが上がっていき、鼻息も荒くなり、虚空を見つめた目には欠陥が浮かび上がっているかのように見えた。よく見ると、目から零れているのは涙ではないだろうか。
「じゃあ、教えてやるから、しっかり聞くんだぞ」
と彼はもう完全に怒りしかないようだった。
刑事の方としても、これ以上彼を刺激しないようにしないと感じ、余計なことは言わないようにした。
「お願いします」