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過去への挑戦

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「僕はそう思っている。その作家はやはり探偵小説作家で、恐怖ものも書けば、後年にはジュブナイル、つまり少年モノも書いている人なんだ。その作家の特徴としては、今でも有名な探偵が出てくる作品が多くてね。だから、その作家の名前を言えば、その探偵が出てくるというような感じなんだけど、面白いのはその作家の代表作はと聞かれて出てくるのは、その探偵が出てこない作品なんだ」
「ほう、それは面白いですね」
「その作家は、探偵を出すことで本格探偵小説を書くようになったんだけど、でも、その作家のイメージは、変態趣味の娯楽小説というイメージが多い。僕が深層心理を描くような作品を、さらに変態趣味で表現しているような作品だね。僕が小説を書いている時は、その作家の影響を結構受けた気がするんだ。さすがに僕の小説では変態趣味は出さないようにしていたけどね」
「それも時代なんでしょうね。どんな感じの話が多かったんですか?」
「例えば、どこかの奇怪な芸術家がいて、まわりから隔絶しているようなアトリエに籠っていつも作品制作に没頭している人がいて、その男が急に失踪すると、そのアトリエを警察が捜索するじゃないか。もちろん、アトリエは賃貸で借りているんだから、大家さんが失踪を訴え出るよね。そこでそのアトリエを調べると、中には何体もの女性の石膏像がある。調べてみると、何とその石膏像から、いくつかの女の死体が出てきたというものなんだ」
「それはすごい、今日期連続殺人じゃないですか」
「と思うだろう? しかしそうではなくて、殺人が行われたわけではないんだ」
「どういうことですか?」
「今の時代だとなかなか発想できないと思うだが、当時はまだ場所によっては土葬という風習が残っていた。つまり、あの死体は殺して石膏像の中に埋めたものではなく、実は土葬された墓の中を暴いて、そこから死体を盗み出し、石膏像の中に埋め込んだというものなんだ」
「うーん、気持ち悪いですね。なんの目的があったのだろう?」
「それは、犯人が猟奇的な殺人狂のような性格だと思わせる犯人の策略であったし、他のいわゆる本当の殺人の動機を分からなくするためでもあったんだろうね。その作家はそんなシチュエーションをいくつかの作品に書いている。そして微妙に動機も変えていたりして結構面白い。猟奇殺人に見えて、実は綿密に計算された殺人というところがすごいではないか」
「僕もそう思いますね」
「もう一つ、僕が気になった作品があるんだが、その作品では、やはり同じように連続大量殺人を思わせる石膏像に埋め込まれた死体もあったんだが、それ以上に怖いと思ったのは、一人の人間が密室で行方不明になるんだが、死体で発見され、警察が到着するまでにその死体が消えていたというものなんだ。それは表に出ていることだけなら、本当に怪奇だということになるんだろうけど、その裏で何が行われていたか、そしてその小説の本質とは関係ないように一見見えるその事実が実は事件の真相を捉えていたというものだね」
「面白そうですね」
「その話にはいくつかの殺人があるんだが、それぞれ動機の違う殺人が絡まることで、複雑怪奇な話になっている。そう、この話は複雑で、しかも怪奇なんですよ。だから面白いと思ったんですよね」
「読んでみたくなりました」
「そして、その作家が言っているのは、一見不可能に見えるトリックほど、実は分かってみると単純なものが多いということです。不可能に見えるトリックって、考えてみれば複雑なものはないだろう?」
「確かにそうですね。密室トリックなどでも、針と糸を使った機械的なものだったり、目撃者がいることでそこから出入りできないはずだという心理的なもの、複雑な感じはありませんよね」
「その通りなんだ。探偵小説のトリックはあくまでもエッセンスであって、根幹ではない。根幹部分というと、どうしても動機などになってくるんでしょうね。殺人事件があるのに動機がないというのは、本当に限られてくる。特に小説の世界となると、動機のない殺人は描けないよ。それを描こうとすると、おはや探偵小説ではなく、殺人事件はその話のプロローグであったり、それこそ主題におけるエッセンスのようなものでしかないと思うからね。そういう意味で警察の地道な捜査、例えば、関係者の人間関係だったり、家族構成だったりで我々の思考を働かせる環境を見つけてくれるのは、とても大切なことだと思っているだ」
「なかなか興味のあるお話だと思います」
 犯罪談義というよりも、やはり探偵小説談義になってしまった感じだったが、二人とも熱中してしまったのか、気が付けば空腹で腹は空いていた。
「門倉君、食事にでも行こうか?」
「ええ、ご一緒しましょう」
 そう言って、二人は馴染みの店に顔を出すことにした。
 門倉はいい非番だったと考え、鎌倉氏も久しぶりに人と話ができたことが嬉しかった。その日は、食事をして二人は別れた。
「僕が出馬しないような、そんな世の中になってくれればいいんだけどね」
 と鎌倉氏は苦笑いをしていたが、それこそ理想である。時代はそれを許さないといえばいいのか、皮肉なことに、またこの二人が一つの事件を巡って相まみえることになるのだった……。

              不気味な住宅街

 都会の大部分は、ほとんど住宅やオフィスが立ち並び、新しい建物が建つ余裕もなくなっていたが、時代の流れは早いもので、戦後しばらくしてからの高度成長時代の建設ラッシュで建てられた建物が何度かの老朽化による建て替え、あるいは、改修工事を経て、また建て替え、回収時期に来ていることで、最近では建物の工事をしていない箇所を探すのが難しいくらいだ。
 昼間などは、耳が痛いばかりの乾いた金属音や、コンクリートを破壊する、
「バババ」
 というコンクリートハンマーの音が響いて、今ではほとんど慣れてしまっているのでそれほどの騒音を感じないだろうが、本当なら勘弁してもらいたいものだ。
 ただ、夜になると、その騒音もなくなり、ヘルメットをかぶった作業員もいなくなり、そこで工事が行われているという標識や黄色いハードルのようなものが置かれていて、そこにネオンサインがついているくらいであろうか。
 歩く人もほとんどおらず、午後九時を過ぎると、通勤で家路を急ぐ人もほとんどおらず、寂しさで不気味な雰囲気を醸し出す空間になっている。
 そんなところを歩こうものなら、足から伸びている影法師が、自分の足を中心に、いくつもの分身を作っている。
 その分身はせっかく舗装されていた道路を剥がして、現れた土の凸凹で、さらに影法師を歪なものにしている。それこそ、門倉刑事と鎌倉探偵がこの間話していた犯罪談義の中に出てきそうなシチュエーションではないだろうか。
 近くには児童公園があり、さらにその向こうには大きなビルが連立する小規模なオフィス街まであった。
「これこそ、都会の風景」
 と言ってもいいかも知れない。
作品名:過去への挑戦 作家名:森本晃次