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過去への挑戦

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 と言って、いつものソファーに座って待っていた鎌倉探偵は、門倉刑事が部屋に入ってくるなり、これもいつものニコニコ顔を彼に浴びせた。
「事件は解決ですか?」
「解決とまではいかないんだ。それについては、最後の大団円を飾ってくれるのは君になるんだからね」
 というと、門倉氏に座るように制した。
「どういうことですか? 犯人を僕が逮捕して、それで終わりということになるのかな?」
 そんなことは分かり切っている。
 そんな分かり切ったことを少しぼかしているとはいえ、わざわざ口にするというのも少しおかしな気がした。
「いや、実は事件はまだ終わっていないんだ。むしろこれからが本番ということだね」
 と鎌倉探偵は意外な言葉を口にした。
「エッ、どういうことですか? まだ誰かが被害に遭うということですか?」
「そういうことだ。しかし、まだ何かが起こるということはないでしょう。起こるとするば夜だと思うし、たぶん、バイクがその事件に関わっていると思うので、犯人がバイクを手に入れる状態から、事件は始まる。まだ大丈夫だ」
「バイクですか? よく分かりませんが」
「君は事件を目撃した佐久間詩織という女性の話を覚えているかい? 彼女は急カーブを曲がるバイクに乗った人を見たと言っているんだ。そして、バイクが止まったような音がしたと言ったが、それは止まったのではなく、音がねじ曲がったからではないかな? いわゆる『ドップラー効果』と言われるもので、例えば救急車のサイレンが、近づいてくる時と、走り去る時で音が違っているというのを聞いたことがあるかい? 走り去る時は近づいてくる時よりもずっと重低音で、したがってどんどん遠くなってくるにつれて、聞こえなくなるスピードも早くなる。特にそれまで耳をつんざくまでの轟音が耳に残っているのだから、聞こえなくなるのが早くて当然だ。だから止まったように聞こえるのさ。でも実際にはそのバイクに犯人が乗って走り去ったのだと思えば、時間的に考えても、犯人がバイクを使ったものだと考えるだろう」
「なるほど、じゃあ、鎌倉先生が犯人はやはり通り魔のようなものだとおっしゃるんですか?」
「いやいやそうは言っていない。通り魔に見せかけるようにしたと言っただけだ。だから逆に犯人は通り魔などではない。これは立派な殺人未遂事件だよ」
「でも、彼女、ななみさんには誰かに狙われるような感じはないという話だったですy。我々の捜査でもそうでした」
「そう、彼女は狙われるだけの理由はないんだ。だが、彼女が何かを見ていたのだとすれば、狙われる原因になったかも知れないよね。ひょっとすると、犯人を知るだけの何か犯人と接近したために、そのことに気付かれたのではないかと犯人が思い込んだのかも知れない」
「じゃあ、彼女を最初から殺すつもりはなかったと?」
「僕はそう思っているんだ。ただ、本当の被害者にそれを言われては困るので、少しの間この事件から遠ざかっていてほしかったのかも知れないね」
「じゃあ、被害者はもう一人いて、いや、その被害者こそ、本当の犯人の犯行目的のターゲットであり、ななみさんは、犯人と被害者に繋がる何かを知ったか見てしまったのかということになるんですか?」
「そういうことですね」
「じゃあ、本当のターゲットというのは?」
「それは、ななみさんの父親、安藤庄次郎氏です。彼は子煩悩で、警察の人には、子供を溺愛する父親というイメージが強いでしょう。富豪の主人が一人娘を溺愛するという話はよく聞きますからね。それですっかり騙されたというか、この殺人未遂に父親は何も関係ないということで蚊帳の外に置かれた。しかも、警察の捜査の半分は犯人を通り魔だと思っている。それは犯人にとって実に好都合で、行動もしやすいというものです」
 と言って、鎌倉探偵はコーヒーカップを持ち上げ、一口含み、喉を潤していた。
「安藤さんは分かっているんでしょうか?」
「いや、分かっていないと思うよ。あの男は今までに富豪の社長として、セクハラ、パワハラを尽くしてきたようだが、それも彼の性質がそうさせたのだろう。私は彼を擁護するつもりなど一切なく、彼こそ憎まれるべき人間だと思うが、彼はあんな性質になったのも、無理のないことでもあるんです。だからと言って、彼が今までやってきて、一切表に出てこなかったたくさんの事件をいちいちここで口にしていくのもウンザリするし、それを思うと犯人に最後の犯罪を犯させてやりたいという気持ちがないわけでもない。だが、法治国家での仇討ち、復讐は許されないという観点と、これ以上犯人に罪を犯してほしくないという思いから、今日君をここに呼ぶことにしたんですよ」
 鎌倉探偵が自分の推理を語る時、いつも捜査陣や事件関係者を一堂に会することをしないのは、きっと自分にも自信がないからなのかも知れない。
 自分は警察関係者でもなく、一探偵という力のない人間なので、自分が裁くことは許されない。だから自分の意見を腹心とも言える刑事である門倉を呼んで意見を聞くつもりなのが、まわりはそれを、
「事件解明だ」
 と思い込んでいるだけなのかも知れない。
 そういう意味では探偵小説やサスペンスドラマの影響が大きかったのだろうが、この鎌倉探偵のやり方にはどこか共感が持てるところがある。それは警察内部共通した気持ちで、鎌倉氏が警察に協力的で、警察も鎌倉探偵に一目置いているというのは、そのあたりに理由があるのだろう。
「でも、安藤社長がかつて何かの犯罪に手を染めていたとしても、それが彼を殺すだけの事実があったとは思えないんですが。我々も彼のことは当然調べましたが、ハッキリと何かが出てくるわけではありませんでした」
 というと、鎌倉探偵は少し寂しそうな表情になり、溜息でもつくのではないかと思う雰囲気であった。
「表向きにはそうでしょうね。しかもこれは今から二十年も前に起こったことで、この時彼はまだ未成年だった。今でこそ、若手社長と言われるようになったけど、その頃はちょうど今の奥さん、つまりは先代の娘さんとの縁談も決まって、彼としては順風満帆だったはずなのに、その時の若気の至りだったんだよ」
「というのは?」
「彼はその時、暴行事件を起こしている。当時、高校生だった女の子に暴行を働いているんだ」
 という鎌倉探偵に対し、
「そんな事実は警察の調書には残っていませんでしたよ」
「その事件は、まだ未成年だったということもあり、さらに、義父になるはずの先代が、今みたいに会社の顧問弁護士を使って、被害者を買収したんでしょうね。事件にはなっていない」
「じゃあ、被害者はお金で泣き寝入りしたと?」
作品名:過去への挑戦 作家名:森本晃次