過去への挑戦
性格が違っても考え方が同じであれば、歩み寄れるという考えである。考え方が同じ方が確かに、その時点での距離は近いだろう。しかし、近いからと言って、相手のことがよく見えたりするわけではない。却って近すぎると見えるものも見えてこない。その証拠が全体を見渡すことができないからだと、川口は感じていた。
詩織とは、実は性格も違えば、考え方も違う。最初に気付いたのは性格の違いだった。それは当たり前のことで、性格というのは隠そうとしても滲み出るもので、他人であればあるほど、相手の性格が見えるものだ。しかし考え方というのは、口に出さなければなかなか伝わるものではない。よほどその人を注意深く見ていないと分からないことであり、絶えず見ていることはいくら好きな相手でも難しいだろう。特に好きな相手であれば、余計に自分が気にして見ているなどというのを悟られたくはないと思うからだ。
川口は詩織を見ていて、
――俺にとっての反面教師のようなところがあるな――
と思える人であった。
性格が正反対というわけではないが、自分で自分の嫌だと思う性格は、詩織と知り合ってから感じるようになった。ハッキリとした確証のようなものはないのだが、詩織といると自分の悪いところが見えてくる気がするのだ。
本来なら、そんな自分が詩織に近づくなど、滅相もないという思いを抱くのであろうが、相手が詩織だとそんな気分になることはない。一緒にいることが楽しいということを素直に感じればいいだけだと思うようになったのも、やはり詩織と一緒にいるからだろう。
緊張もすれば、自分に度胸がないことも思い知らされるが、詩織と一緒にいることで、幸せな気分になり、自分を見つめなおすことができるということが、何よりも嬉しい限りである。
「この日の記念撮影は、俺にとっての最大の思い出になるだろうな」
と自分に言い聞かせ、さらに、
「思い出」
という言葉を口にした自分が、今何を考えているのか、探ってみたくなったのだ。
――やっぱり別れるというのは嫌だよな――
それが一番の素直な気持ち、誰が何と言おうとも、離れたくないという気持ちにウソはないのだった。
記念撮影の時間は、
――来ないでほしい――
と思えば思うほど、あっという間にやってきた。
それは容赦のないほど静かに、音もなくやってくるのだった。
――冷酷な儀式ほど、こんなものなのかも知れないな――
と、その儀式が天国であっても地獄であっても、綺麗であればあるほど、残酷なものなのかも知れない。
「それでは撮りますよ」
と先生の声。
皆それぞれにポーズを取るのかと思いきや、先生の声とともに、意外と皆真面目に真正面を向いての記念撮影だった。
「これほどつまらないものはない」
これはそんな写真だった。
皆図ったように距離を保っていて、しかも全員が漏れなく入っているはずなのに、その微妙な距離は人間関係を表しているかのようだった。ただ、それは本当の人間関係であろうか、仲のよい人は確かに隣同士になっていたが、その距離まで微妙だったのだ。
下手をすれば、自分とはまったく仲が良いわけではない人との距離と、寸分違わないように映っていたのだが、被写体になっている方がそんなことに気付きもしない。仲良し同士近くにいると思い続けていたのは、そこにいる全員が同じだったのだ。
「はい、チーズ」
と、いうベタなセリフ、もう少し気の利いたものはなかったのかと思ったが、逆にこの写真にはこういうベタなものこそ似合っていると言わんばかりに、実に面白くない構図だったのだ。
「カシャッ」
というシャッターが降りる音がした。
静かだが、どこか微妙な緊張感の中にある矛盾した空間の中で、静寂を切り裂くように切られた音だったが、なぜか皆の耳には小気味よく聞こえたようだ。
その瞬間を持って、緊張の糸はプツンと途切れ、今まで写真を撮るために緊張していたということすら忘れてしまったかのようだった。
「まるで存在していなかったような時間」
そう思えたが、どうしても、なかったことにしたくなかった人間が一人存在したが、それがまさしく川口であったことは言うまでもないだろう。
川口は、しっかりと今の状況を自分でも解説ができるほどに記憶している。その中にはいくつもの奇怪なことや、矛盾が含まれていたのを意識していたが、
――どうせ、この中でこの時間を意識しているのは僕だけだ――
と思っていたので、誰も余計なことを感じることがないことは分かっていた。
それは主役であるはずの詩織にも言えることであり、むしろ詩織にとっては、この時間すら消し去りたい気持ちだったのかも知れない。
それほど、この儀式が終わった後、皆が解放されたかのように身体を伸ばしたり、安堵の表情を浮かべたのを見ると、ますますこの時間を抹殺してしまいたいと思う詩織なのだった。
詩織は皆のことが嫌いだというわけではないが、好きにはなれない。下手をすれば嫌いな方がまだマシで、その自分の秘めたる気持ちをまったく表に出さないことがどれほど恐ろしいことなのか分かっていないのだった。
詩織という女性は、まわりに存在感を意識させない人だった。見えているのに、その存在を意識させない、まるで石ころのようではないか。
詩織は女性としては平凡な顔立ちで、どこにでもいるというような雰囲気なのだが、一番の理由は表情にあった。
彼女の表情は、無表情というには少し違っているような気がする。ポーカーフェイスではあるが、確かに表情は存在している。しかし、その表情が人に記憶にまったく残らないものだった。
引っ越していき、彼女を一週間も見なければ、ほぼ皆その顔を忘れてしまうだろうというほどのもので、道端で会っても、誰も気づかないように感じられた。
さらに、今回の記念撮影も、少し経ってから見たとして、
「この真ん中の人、誰だっけ?」
というような信じられない結果になってしまうのではないかと思うほど、印象に残らない女性だったのだ。
それだけに、その思いすべてを一人で吸収してしまったのではないかと思えるのが、川口だったのだ。
川口以外の人は、その記念撮影をした写真など、ほしいと思わないだろう。それは詩織にしてもそうかも知れない。川口青年が、詩織を意識すればするほど、詩織の方はそれに反して、何事に対しても感情を薄れさせる作用と持っているのではないかと思わせるほどだった。
詩織は川口青年が自分のことを意識していることは分かっていた、分かっていてわざと分からないふりをしていたと言ってもいい、それは彼に対しての挑戦というよりも自分に対しての挑戦であった。
挑戦という言葉が乱暴であれば、試していると言った方がいいかも知れない。それは自分で分かっている、
「人の影響を受けてしまう」
という性質のことだった。
これは性格ではない、性質である。人の影響を受けてしまうと自分で理解できたのも、性格ではなく性質であるということを自分なりに理解しているからであろう。