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過去への挑戦

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 中学高校時代にもグループのようなものが存在していた。ななみはどちらにも賛同できないと思っていたので、最初から入ることはなかった。そのためグループがどうのように形成されるのか考えたこともなければ、感じたこともない。
 だから大学に入ってそれを感じると、グループの形成過程まで分かるようになってきた。きっとそれが自分を快活にし、人との関わりを増やしてくれるのだと思っていた。つまりまだ最初は受け身だったのだ。
 大学での人間関係は最初受け身であってもよかった。グループにも入ってくると、自分を表に出したいという衝動にも駆られ、それが人としての本能だということに気付いた。
 それだけに母親のように喜怒哀楽のない人を見るというのは、苦痛でもあったのだが、逆に言えば、見なければいいだけだった。
 高校時代まではそのことに気付かなかった。家族なのだから、関わることから逃れられないと思っていた。それは家庭教師の教育による考え方で、それが形式的で表向きの考えであることがよく分かった気がしたのだ。

             淡い恋物語

 ななみが利一と出会ったのは、まだななみが一年生の頃だった。ななみは五月病にもかかることなく、夏休みまでに高校時代の自分を払拭していて、友達もそれなりにたくさんいた。
 何よりも自分発信で皆に話ができるようになり、次第に趣味も増えていった。元々ピアノや、お茶、お花などの習い事をしていた関係で、趣味を持つことに弊害はなかった。
 ただ、習い事に比べると趣味というとどうしても、どこか低俗に感じてしまうところがあり、ななみとしては違和感があった。
 ただ、以前からやってみたいと思っていたのが絵画だった。
「私も絵を描けるようになったらいいな」
 という思いは高校の頃からあった。
 ただ、家には立派な絵画は額縁に入って廊下や応接室に飾られているが、あくまでも飾りであって、絵に興味を持っている人はいない。絵を買ってくるのでも、昔からいる召使のような人が購入してくるのであって、その目がどれほどのものか、誰が分かるというのだろう。そういう意味で安藤家には絵画のような芸術に造詣の深い人はいないということだった。
 大学でサークルに入るつもりはなかったが、絵画同好会のようなものがあり、数人でやっているようだったが、たまに作品を大学の近くの喫茶店などに頼み込んで置いてもらうという程度の活動であった。
「活動は本当に自由なのよ」
 ということで、
「別に名前だけでもいいのよ」
 という何とも歯がゆい活動ではあったが、とりあえず籍を置くことにした。
 絵画に必要なセットを購入し、まずはデッサンから始めた。元々絵画への才能があったのか、描いた作品を見て自分でも、
「なかなかいい感じがするんだけど」
 と思い、サークルが置いてもらってるという近くの喫茶店のマスターに見せたところ、
「ほう、これはなかなかではないかな? 喜んで飾らせてもらうよ」
 と言って、他の部員とは違った扱いをしてくれ、一番目立つところに飾ってくれた。
 その絵を飾ってから半月暗いが過ぎた頃だったか、
「あの絵、なかなかいいですよね。作者の感性が伝わってくるようだ」
 と、食事が終わり、レジでマスターと話をしている青年を見かけた。
 ちょうどその時、ななみはその店にいた。と言っても、ななみは絵を置いてもらう時、褒められたことが嬉しくて、その時からこの店の常連になっていた。だからその時いたというのは、まんざら偶然というわけでもなかった。
 だが、そのおかげで、自分の絵を褒めてくれる人の存在を知った。ひょっとすると、もしその場にいなくとも、
「ななみちゃんの絵を褒めていた人がいたよ」
 と後になってから聞かされたかも知れないが、忘れていないとも限らない。
 それを思うと、やはり最初から聞かされる方がどれほど嬉しいか、ななみは心の中が狂喜乱舞しているように思えてならなかった。
 ななみは、さすがにその時、自分から名乗ることはできなかった。そんなななみを横目に見ていたマスターは、ニコニコしていたが、きっと微笑ましい光景に思えたことだったに違いない。
 その人が帰ったあとに、
「よかったね、ななみちゃん。彼はこの近くに会社のある商社マンでね。時々ここを利用してくれるんだよ」
 と言っていた。
 これが利一との出会いだったのだ。
 絵に関しては利一も造詣が深いようで、高校の頃美術部に所属していて、大学では趣味として、敢えてサークルに入ることはしなかった。
「一人でいろいろ動く方が楽しかったしね」
 と言っていた。
 彼のその言葉があったので、ななみは大学でサークルには所属していたが、活動は結構フリーにしていた。サークルの利用価値としては、製作した作品を、大学の近くの喫茶店に置いてもらえることのメリットだけだった。それをフルに生かすことが、一番いいと思っていたのだ。
 絵の先生としても、利一はふさわしかった。一緒に郊外に出かけて写生をしたり、二人のデートは寡黙であったが、新鮮であった。そんな関係を今まで自分が夢見ていたのだと気付いたななみは、もう彼から離れられないと思った。
 それでも最初は、本当に好きなのは彼のことなのか、それとも彼と一緒にいて得られるこの何とも言えない心地よい時間なのか、どちらなのだろうかと感じていた。
 しかし、結局は彼がいないと成立しない思いであり、利一を好きなことに変わりはないので、自分の感じたままを突っ走ってもいいと思うようになった。
 一度は迷ったのだから、その決意は本物だとななみは感じた。
――人を好きになるというのは、こんなところから始まるのではないだろうか――
 と思うのだった。
 これが恋愛感情だと思うと、今までに誰かを好きになったことがあったのか、思い出してみた。初恋のようなものはあったような気はしたが、思春期を超えてから異性を意識するようになってからは、誰かを好きになったという意識はなかった。
 人には好かれるのだが、どうにも信じられる人はいなくて、皆薄っぺらく感じられた。言っている言葉は皆同じことであり。
「好きです」
 といえば女が喜ぶとでも思っているのかと、勘ぐってしまう。
 精錬実直だと思っているくせに、相手の心を読もうとすると、結構深く感じてしまう。そんな自分にどこか嫌気がさしている気もしたが、まわりは、そんなことに誰も気づいてくれないだろうと思った。
 ななみは、
「あなたの一番好きな人は誰ですか?」
 と聞かれたとすれば、
「お父さん」
 と間髪入れずに答えるでしょう。さらに、
「じゃあ、嫌いな人は?」
 と聞かれると、
「お義母さん」
 と、好きな人を聞かれた時と、同じくらいの早さで答えるに違いない。
 いや、ひょっとすると嫌いな人を答える時の方が早いかも知れない。なぜなら、嫌いな人は完全に虫の好かない人であり、嫌いだという感覚は意識よりも早く脳に伝わってくる。つまり反射的に感じるということだ。
 お父さんを好きだというのは、紛れもない事実であるが、それを答える時、少し恥ずかしいという気持ちがあるのも事実。そう思った瞬間、少し返事までが鈍くなってしまうのは無理もないことだ。
作品名:過去への挑戦 作家名:森本晃次